アメリカという甘美な幻想

南カリフォルニアはオレンジ郡に住むオヤジです。妻共々サラリーマンでしたが、2011年にグリーンカードが当たり、アメリカへの憧れに抗しきれずに2012年10月に移住してきました。個人輸入代行やコンサルタントを生業にした後、2016年からは会社員(人事、法務など)に。移住する遥か前から積み重ねてきた様々な「アメリカ体験」も含めて文章に残すためにこのブログを書いていますが、会社員復帰以降は忙しすぎて更新は稀に。。。面目ない。

生活

年末に思う

アメリカは23~25日が「土日クリスマス」の3連休である。金曜時点で会社があるビルの駐車場はスカスカで、この時点で多くの人がもう年末休暇モードに入っていることがわかった。あ、珍しいでしょ?十日を置かずに僕がブログを更新するなんて(笑)。

 

実は今日は朝5時に起きて東京に行く妻をLAXまで送っていった。LAXに行くのに使ったインターステート405号線はクリスマスイブの早朝ということで流石に空いていたし、LAXで妻を降ろすときも空港(トムブラッドレー)の利用航空会社の入り口前に簡単に車を停められたけれど、それから少し時間が経てばLA脱出組と観光組でLAXはごった返し、405も混むんだろうと思う。

 

さて、かく言う僕も、実は明日東京に向かう。夫婦で(妻の)両親に顔見せするのは久方ぶりで、この帰国の目的の99%は「高齢の両親に対する親不孝状態の一時的解除」にある。で、このブログは日本の友人知人、兄弟姉妹、親戚縁者が読んでいる可能性があるので申し上げておくが、正月の家族団欒と東京の自宅の修繕やら何やら高齢の親が普段出来ないことをしてあげることが本帰省の目的であるため、皆さんにお会いできる時間を確保することは事実上できない。そのため、事前にこの帰省をお知らせすることはあえてしなかった、ということをご理解頂ければ幸いだ。

 

 ***

 

2017年が間もなく終わる。サラリーマンに戻って丸2年。「忙しい忙しい」とほぼ毎日言っていた2年間だった。そしてこの1年は、自己決定権に基づき自らを自らが御する人生を求めてアメリカに来たのに、結局サラリーマンに戻った自分の人生に大いなる疑問を持った年だった。そして疑問を持ったまま人生を終えないために、自己決定権に基づく人生の再構築を誓った1年だった。

 

愛してやまないOCに住めているこの状況を捨てる気は全くなく、今後とも「サラリーマン脱出計画」はこの地で、かつ生活の糧を維持するためにサラリーマンを継続する中で遂行されていくことになる。その際、唯一最大の敵は自分自身だ。とにかく忙しさと経済的安定を失うことへの恐れ(による現状への妥協)という自分の中に住む2大抵抗勢力に勝てるかどうか。それがこの計画を徐々にでも着実に進めるための鍵だ。計画を進める意思と実行、それなくば、僕はずっとサラリーマンでいるしかない。しかしサラリーマンとしてずっとOCに住んでいられていても、やはりそれは100%の本意ではない。いつやるの?今でしょ。流石にもう古いか。。。

 

 ***

 

おっと、生活手段がサラリーマンであることに何ら問題ない人にも申し上げたい。それはそれで全く構わないし、実際そういう人がこっちでも圧倒的多数派だ。起業して生計を立てている人なんて少数派だし、それで経済的に安定している人は更に少なくなる。僕はまさにその少数派として3年暮らし、多数派として2年をこの地で過ごしたけれど、あなたがアメリカでの生活と自己決定権とを強く結びつけている僕のような人間でなければ、是非サラリーマンとして生きるための計画を練り、実行してください。今アメリカは、ことにカリフォルニアは本当に好景気。日系企業も含め、雇用環境は良好。そして前回のエントリーで、そしてこのブログで何度となく書いたように素晴らしい住環境がここにはある。僕が愛してやまない荒涼たる砂漠を貫く一本道も。


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A desert road from Veags to nowhere (2017年4月8日)

だから、アメリカで暮らすことに興味があってこのブログを読んだあなた。その思いが本気かどうか自問自答し、本気だと結論が出ているなら、是非実行を。人生は一度。失敗込みで人生。そう思える人は実行を。「やらなかった人生」を後から悔やむより、やって失敗した方が恐らくマシと思え、かつ「やって失敗」という結果が出た時に、その事実を自ら引き受ける覚悟があるなら実行を。宝くじは買わなきゃ絶対損しないけれど、当たることも絶対ない。それを踏まえ、当たるために少々の損を覚悟できるのなら実行を。


来年はどんな1年になるかな。いや、どんな1年になるかは、僕次第か。 

それでは皆さん、良いお年を。

OC(オレンジカウンティー)賛歌

やたらお久しぶり。今日は忙しいとかそういう話は一切抜きにして、表題通り僕が住むオレンジカウンティー(OC)を賛美しようと思う。

 

さてさて。大谷がアナハイムに来る。アナハイムまで車で30分の所に住む僕には素晴らしい話だ。ドジャースには前田とダルビッシュがいるけれど(ダルは今後どこに行くか不明だが)、LAのダウンタウンにあるドジャースタジアムまでは車で1時間半はかかり、往復3時間の他に球場を出るときの渋滞なんかも考えるとなかなか行く気が起きなかったが、アナハイムは近いし、何より球場の雰囲気が非常にいい。

 

4年前、遠路はるばる東京から遊びに来てくれた大学時代からの旧友とその夫人とともにアナハイムに野球を観に行った時、その美しさ、そして人の優しさには本当に驚いたものだった。


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2013年夏。アナハイムのスタジアム。


何しろ駐車代を払うブースに車を止めて財布を出そうとしたら、そのブースの逆側に車を止めたお姐さんがブースの窓越しに僕らにウインクしつつ、僕らの分まで代金を払ってくれた。試合観戦前からすでに「いい感じ」で、実際球場に入るとその美しさに感動し、また応援も活気がありながら上品で温かく、ベースボールを楽しんでいる感じが非常に素晴らしかった。

 

でもそれは、ここに5年も住んでみればもう不思議にも意外にも感じない。だって僕が住むAliso Viejoがあり、またこのアナハイムがあるオレンジ郡(OC)はそういうエリアだから。同じ南カリフォルニアでもLA郡とはかなり違う。気候はほぼ同じだけど、街並みはOCの方が整備されている。緑の多さが違う。そして人がどこかおっとりしていてやさしい。


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近所の公園内にあるバーバラ湖。今年の春。湧き水による自然湖。

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近所の道路。今年の春。


 

ところで、大谷に関する報道で「アナハイムを選んだ大谷は、日本人コミュニティーがもたらす日本食やその他有形無形の恩恵を受けられるだろう」的な話が出たのを聞いたり読んだりした人もいると思うが、それはその通りだと思う。

 

で、OCで日本人が最も多いのは恐らくコスタメサという町だ。ここには日系スーパーと日本食屋が集中している。僕も妻も2週に一回は日系スーパーに買い物に行く。即席ラーメン、うどん、和牛、納豆、長ネギ、かっぱえびせん、柿の種、和菓子、サッポロビール、魚肉ソーセージ、牛丼の具要するに「日本のもの」を買いに行くのだ。値段は輸入物は高額。現地製造は安い。ただ、長ネギなど日本人しかほぼ需要がないものは、薄利多売ができないために現地生産でも高い。

 

なお、日本食はコスタメサばかりにおいしい店があるとは限らない。僕(や多くの人たち)は、おいしいカツ丼を食べたいならスタントンというOC内陸の町にある和食レストランまで行くし、おいしい寿司ならばアーバインという町のとあるレストランが頭抜けている。ただラーメンに関しては、コスタメサに限らずアメリカに進出したラーメン屋のラーメンは、日本のそれと比べて値段に見合ったおいしさは出せていないと僕は思っている。

それでもあえて推すとすれば、第一に喜多方ラーメン坂内となる。東京で慣れ親しんできた味をかなり再現できているし、実際坂内が恐らくOCで一番行列が途絶えないラーメン屋となっている(文字通り「いつも」行列ができている)。あとは山頭火。日系スーパー「ミツワ」のフードコートに入っていて、僕自身アメリカに来て初めて食べたラーメンが山頭火だったけど、費用対効果は他のラーメン屋よりはいいと思う。ま、でも食べ物は好みだからあまり参考にはしないでください。

 

 ***

 

ということで、このブログで一貫して言ってきていることだが、本当にOC以上のところはアメリカにはないと僕は思っている(僕は、ですので念のため)。12月中旬の今日も20度を超える気温。青空、青い海、緑多き街並み、そして治安の良さ。まさに全米屈指の住環境がここにはある(と僕は思っている。僕は、ね)。そしてリトル東京を擁するLAや、その南にあるトーランス(恐らく最も日系人が住むエリア)ほどではないが、日系スーパーなどの日本人になくてはならない存在もOCは備えている。僕なんかはそのOCの「丁度いい日本人密度」がむしろ好きだ。だから是非、アメリカに住みたい人はOCを候補に置いてもらいたいと思う。


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冬のラグナビーチ。ここには車で10分かからず来れる。

 

但し。但しだ。このような環境を享受するにはどうしてもある程度金が要るのだ。人気エリアに住むには金がかかる。たとえば僕が店子に今貸している60平米の1ベッド1バス(日本の1LDKのようなもの)の家の賃料が17万円。これはこのエリアでは破格の部類に入る(ので次回は値上げする予定だ)が、1LDK17万の家賃なんて常識的に言って高すぎるだろう。


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これが今貸している1LDKのリビング。201611月、貸す直前に撮影。


にもかかわらず、子供のいる夫婦なんかは2ベッドに住み、その場合家賃は最低でも22万から25万は払っている。なんでそんな額を払えるのか、払える人がそんなにいるのか正直わからない。勿論そんな金額は払えない人もいて、そういう人たちはアパートをシェアするなどで凌ぐことはできる。が、いずれにせよOCの好環境を享受したい場合はとにかく家の確保で大変になる(それでもシリコンバレーほどではない。あそこでは年収600万ではどんな家を借りても足が出て、生きていけないという。正直狂っている)。

 

ちなみに、3年前、僕が輸入代行業を廃業しようとしていた時はかなり大変だった。何故なら当時の我が家の様々な控除後の手取りは270万円、月平均で23万弱ほどだ。この状況でコミュニティーへの管理費が月4万円、ネット13千円、携帯2台で12千円、車の保険は毎月にならすと2万円、電気代とガス代で3千円(低い!)、ガソリン代が2台分で15千円。これだけで103千円が出て行っている。残り13万円弱。ここから当時がんを患っていた猫の治療費が毎月7万円で残り6万円。さらにここから二人分の食費が出ていくので、何か不意に支出が出ればもう赤字だ。

 

この状況で生きていけたのは、僕らが渡米時に日本での貯金をはたいて家を買っていたため家賃がかからなかったからだ。もしあのとき僕らが家を賃貸せざるを得ない状況だったら、OCはおろかアメリカでの生活自体が成り立たなかっただろう。


 *** 

というわけで、OCで生きていくのには、高い家賃を意識した計画がどうしても必要。これは致し方ないことだ。でもね、僕の暮らすAliso Viejoは、面積19.4平方km、人口5万人ほどなのに、公園が20以上もあって、しかもその公園は「なんちゃってレベル」の規模ではなくて、全てが広く、全てが芝生で覆われ、手入れも常に行き届いている。


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うちのすぐそばにある公園の一つ。うちから500メートル以内に公園が5つほどある。


というか、Aliso Viejoに限らず、とにかくOCは、特に海側の地域は、一度暮らせば二度と出たくないほどに住みやすくて、だから全米から、そして世界中から住みたいという人が殺到してるわけだ。それだけの価値がOCにはあると僕は思うし、あなたがそれに魅了されたとして何の不思議もない。まあとにかくお越しやす。

岐路

アメリカに移住すると決断したとき、どうやって金を稼ぐかということは大問題ではなかった。何故なら移住したらiPhoneを中心に個人輸入代行を生業にすることに決めていたからだし、もしそれがコケたとしても基本何をやってでも生きていく覚悟があったので、「とにかくまずは移住する」と決めていたからだ。

 

実際には日本でのアメリカ版iPhoneへの需要の大きさについて確信があったし、ここでお客様の一定の支持を得られれば生きていけると思ったし、事実2012年秋にアメリカに移住して以降これまではそれでやってこれた。

 

しかし、iPhoneの需要は発売されてから3か月間がピークで、残りの9か月の売上は激減する。勿論この9か月の間の売上を増大させるべく色々な施策は試してみたけれど、なかなか思ったような結果は得られなかった。そうこうするうちに日本でもSIMフリーが出、円安は益々進行し、「カツカツの生活」さえ維持するのは簡単ではなくなり、これを打破するために何か新たなことをしなければならなくなった。これは昨年以来の課題でここでも折を見て書いてきた。

 

以来、僕としては従来の輸入代行業を強化するか、もしくは新たに移住コンサルティング会社や旅行案内会社を興すか、または、アメリカ人の需要を汲むという方向性でJapanese Curryの店を興すことを考えていたのだが、実は僕は、今日から全く違うことをやり始めた。

 

詳しいことは秘密保持の義務があって言えないが、僕が日本でサラリーマンをしていた時のコアスキルを活かした仕事だ。但し、サラリーマンではない。契約は年末まで。

 

フリーランスなので今の代行店を畳む必要はないのだが、この仕事は片手間できるものではないので、代行業務は縮小し、基本iPhoneの代行以外は行わないことになる。また、今年の9月に新型iPhoneが発売されるだろうが、この代行をこれまで通り行うかどうかは現時点では流動的だ。

 

ところで、この決断をする際妻に「本当にやりたいことは何?」と聞かれた。僕は「僕が出来ることをやりたいだけ」と答えたが、妻にはピンと来なかったようだ。具体的な仕事の内容や職種を言うものだと期待したのだろう。もしかすると、これを読んだあなたにも意味がつかめないことかもしれない。しかし、僕は一貫してこの考えだ。

 

      やれることをやった結果、それに満足してくれる人がいる。

      それ以上にやりたいことは特にない。

 

僕は実家が負わされた巨額の連帯保証債務を契機に1985年に大学を3年で中退した。その後塾の講師から作詞作曲家になり、1999年に廃業後通訳を経て人事・法務マンになり、2011年にグリーンカードが当たって今の代行業を行っているが、経験した複数の仕事のいずれについても「やりたいからやった」のではない。「やれるからやった」のだ。

 

いや、僕が一時生業にした音楽家業は純粋に「やりたいこと」だったのかもしれない。そして「本当にやりたいことは何?」という質問への、前提条件なしでの答えは今でも「音楽」だ。だが、もし今そう言えば妻はより当惑するに違いない。それでどうやって食っていくのかと言えば、食える保証など何もないからだし、そんなものをいつまでも「やりたい」と言い続けることは周囲の誰にとっても迷惑でしかないだろう。そもそもそんな「迷惑行為」を続けるメンタリティーは僕にはない。趣味ならいい。しかし趣味を楽しむには生活の糧が別に必要だ。

 

「なんでもよかったわけではないでしょう?」と聞かれれば、それはその通りだ。音楽家業はもとより塾講師、通訳、そして人事法務の仕事。その全ては自ら選んでいるのであって何でもよかったわけではない。しかし、どの仕事の場合でも、その職種についたことで自動的に満足が得られるわけではない。

 

塾の講師なら生徒父兄の支持があって満足できる。通訳をしているのに外人さんに「アナタ、何言ッテイルカワカラナイヨ」と言われて落ち込まないはずはない。というか翌日はクビだ。人事や法務についても、その仕事を通じて成果を上げていないのに喜べるはずがない。

 

そう、要は成果だ。他人様が喜ぶから、他人様が頼りにしてくれるから自分が生きる。報酬が生まれる。自分の仕事に意味が生じる。だから、「やりたいことをやってます。でも何ら成果を生んでません」などということは精神的にも経済的にも続けられるはずがない。そしてそもそもそんなものは「やりたいこと」にしておきようがない。

 

iPhoneの個人輸入代行も「僕が出来ること」の中から選んだものだ。お客様の支持を得られる自信があったからやったのだ。支持されることが嬉しいからこれまでやり続けたのだ。だが、今のiPhoneや為替相場を取り巻く環境では早晩終わりが来る。だから僕はまた「自分が出来る新しい何か」をやり、支持を受け、対価を得、更に生存していかないといけない。それがこれから行う仕事だ。

 

この仕事が終わったら何をするのか。いや、簡単。「また出来ることをやる」だけ。今後も生きていけるレベルの対価を頂けるものを。それが「移住コンサルティング会社」なのか「観光案内会社」なのか「カレー屋」なのか「ハイパー輸入代行屋」なのか「引き続き会社員時代のスキルを活かした今の仕事」なのか「タクシーの運転手」なのか、はたまたサラリーマンなのかはわからない。わからないが、そこには自分なりの理想や都合はあるから、出来るだけ希望に沿ったことが出来るように「準備」はしておくつもりだ。

アメリカ人は概ねフェアで親切である(2)

旅して見えるものと住んでみて見えるものとでは全然違う。それはわかっていた。アメリカで電気やガスなどの公共サービスを申し込んだり管理費や税金の支払いをすることになって、僕は物凄いひどい目に遭った。何もわからないので質問してもレスポンスが遅いし、トラブルが発生しても全然緊急対応しない。

アメリカ暮らしの長い知り合いに相談しても、「まあ大丈夫」とか「焦ってもしょうがない」と言うだけ。今では「日本のサービスのスタンダードが高すぎるから」と思ってこちらも余裕が出てきてはいるが、住みだしたばかりの時はどうなることかと思ったものだ。あまりに問題が多いので、「アメリカ人全体の資質」に疑いを向けることもあった。

しかし、ご近所さんと面識を持つようになると、「アメリカ人は概ねフェアで親切である」という持論は再度補強されることになった。僕のご近所さんは
本当に明るく善良な人しかいないからだ。そして僕は、去年こんな究極の体験をした。

2013年7月、お客様のiphone5の購入に行くところだった。が、ガレージの電動シャッターが故障して
何をどう頑張っても開かなかった。完全に途方に暮れていると、二、三回挨拶を交わしたことのあるだけの老夫婦の奥さんが声をかけてくれた。

事情を説明すると、自分の車を使ってもいいと言う。僕は勿論そこまで甘えるわけにはいかないと
お礼した上で断ったが、彼女は夫の元に許諾を求めに自分の家に行ってしまった。数分後に戻って来ると、「保険の関係で名義人以外が車を運転するのはまずいので、私が乗せていってあげる」と申し出てくれた。

僕は<断ってはいけない>気がして厚意に甘え、Appleストアまでの道を乗せて頂いた。断ってはいけないと思ったのは、彼女が社交辞令を言っているのではないことがわかったからだ。なんの見返りも求めない善意で、困っている隣人を助けたいという気持ちが明快にわかったから、これを断ることは正に欠礼だと思ったのだ。

Appleストアから家まで戻った時、僕はこの女性に礼を述べ「日本酒はお好きですか?是非あなたとご主人に味わって頂きたいのです。今日本にいる
妻が間もなく日本から戻ってくるので、おいしいものを買ってきてもらうつもりです。ただ、戻るのはあと10日後くらいになるので、そのとき御宅にお伺いしていいですか?」と聞いた。彼女は「勿論構わないが、そのようなことはする必要はない。困った時隣人は助け合うものだ」と行って去っていった。

予定より数日遅れで妻が帰ってきて、僕はすぐにお酒を持って彼女の家に伺った。僕が言葉通りに日本酒を持ってきたことにひどく感激してくれた。僕自身は彼女の「無償の行為(厚意)」に比して、たかだかこの程度のことでそこまで喜んでもらったことに申し訳なさを感じながら、「とにかくよく冷やして、美味しい食べ物と一緒に楽しんでみて下さい」と言ってお暇した。数日後彼女に会った時、「本当においしかった。本当に有難う」と言って頂いて、日本流に言えば「義理の貸し借り」が一旦終わった。だが、彼女を始め多くの隣人には「義理の貸し借り」の尺度はないようだ。貸せる時は貸すし、借りる時は借りる。日本人のようにバランスを考えることはないようだ。

僕は東京では総戸数100戸程度のマンション(正確にはコンドミニアム)に住んでいたが、隣人とは殆ど没交渉だった。朝会社に行き、夜遅くに戻って来る生活がそうさせた面もあるし、東京に住む人が一般的にそうであるように僕ら夫婦も積極的に近隣に交わる気はなかった。だからご近所からの親切なども期待していなかったし、自ら親切にしてあげる機会などせいぜいエレベータのボタンを代わりに押してあげる場面くらいだった。

さあ、ところを変えて場所はアメリカ。厳密に言えばロサンゼルスから80km南にある、大都会ではないが決して田舎でもない南カリフォルニアの町だ。ここで僕は「見返りを求めない親切」を受けた。全く想定外だった。同じコミュニティー内に住んでいるとはいえ、新参者の黄色人種を自分の車に乗せてしまう親切が一体どれほど純粋で、しかしどれほど危険であることか。僕には同じことを出来る自信はない。だからこそ、僕が受けた感銘は計りしれなかった。

この女性の純粋な心と親切心を涵養したアメリカという国の懐の深さは素直に評価し、尊敬すべきだと僕は思った。今後これと真逆なことをされることもあるかもしれないが、このような女性がいる国は、全体としてフェアネスを尊ぶ社会であることは明らかだ。だから、僕の「アメリカ幻想」はまだまだ続いて行くと信じている。

日本との決定的な違い - 果てしなくいい加減

それまで「アメリカの旅行者」だった僕ら夫婦が「移住者」になったのが201210月。それからこれまで暮らしてきて、日本との決定的な違いに戸惑ったり怒ったり呆れたりしたことが随分ある。勿論「これは素晴らしい!」と感心したこともある。
このカテゴリでは、実際に暮らしてみて初めて見えるアメリカについて書いてみたい。


今回は「アメリカンないい加減さ」について書く。アメリカは日本に比べればいい加減、というのは現代の基礎知識なので移住する前からわかっていたが、移住後の生活インフラを整えるに当たり、問題なくサービスを開始出来たのは日系の携帯電話だけだった。あとは全て、大なり小なり問題があったのである。

以下は移住から45日以内に起きた「アメリカンないい加減」である。慣れない日本人がどれほど困った目に遭ったか、全て完全ノンフィクションなので是非驚いて欲しい。


01)家のプラグ

移住前に事務所兼自宅として購入した1990年築のコンドミニアム。ここの電気コンセントがゆるゆるで、20数個あるうち半分以上がプラグを挿しても普通に抜け落ちる。

02)家のキッチンの水漏れ

シンクから水が普通に漏れている

03)家のトイレ

タンクに水がたまったあと、徐々に抜けて中が普通に空っぽになる

04)前の住人が残してくれた電子レンジ

5分連続で使うと電気が普通に切れる。何故か1時間後に普通に電源が戻る。

 

05)修理業者

上記を修理業者に頼んだが、連絡が無茶苦茶。朝7時前に自動で電話がかかってきて出ると切れる。かけなおすと「そんな電話は知らない」と言われる。しかし同じ番号からまた普通にかかってくる。

 

06)ベッド通販

IKEAのオンライン通販で買ったが、「24時間以内に重要なことがあるから連絡する」とデフォルトで購入確認メールに書いてある。なのに48時間待っても連絡が来ず、メールしても返事がないので近くのIKEAに行ってみると「通販のことは管轄外」と普通に言われる。

 

07)ベッド通販2

「重要なこと」が何だか分からないままいたら、数日後普通にベッドが届く。

 

08)管理費支払い

金曜の夜に管理費をオンラインで支払ってみると、「金は受領したがメルアドに問題があり確認メールが送れない」、とPC画面に出る。メールを入れて確認をお願いする。

 

09)管理費支払い2

翌週月曜になっても返事がない。火曜もない。水曜に普通に「受領しました」とだけメールあり。

 

10)クレカ

アメックスのクレジットカードを作れとCostcoの人に言われて、「経験上言うけどクレジットヒストリーがアメリカではまだないので認めてもらえないですよ」とこっちが言うのに受付のおばさんは「大丈夫よ!」とえらく明るく勧めてくる。トライしてみたが普通に却下される。

 

11)クレカ2

店員がAMEX側に再度「他に方法はないのか」と聞くと、銀行の残高証明をFaxで送ればいいよ、と言われる。実行後2週間待つと、Amexから封書が届く。「今回のお申込は却下されました。もしもう一度お申込みされたい場合は銀行の残高証明を添付し以下の書類をFAXしてください」と書かれている。普通に無限ループに誘われる。

 

12TV・ネット

テレビとネットを使うべく、モーテルからオンラインでA社の75ドルのセットのオーダー手続きを行う。最後の画面で「447ドルのデポジットが必要」と出るので、ナビゲーターに意味を聞くと「アメリカでのクレジットヒストリー等がないと最初にデポジットが必要」とのこと。しかし「このデポジットは返還しません」と普通に言われて画面を閉じる。

 

13)ネット2

テレビとネットのバンドルで89.99ドルのプランをB社にオンラインで頼んだのに、最初の請求書に121ドルとある。オンラインで手続きした際の様子はキャプチャしていたしカスタマーサポートとのチャットも保存していたので抗議したが、普通に却下される。

 

14)車

やっとレンタカーから抜け出し車を買う。HONDAのシビックHYBRID2005年製だが、価格は10000ドルと日本の相場観では信じられないくらい車の市場価値は落ちない。購入当日、スーパーで知らぬ間に車体右側を普通にぶつけられる。

 

15)配送会社

アマゾンなどで買ったモノを配送会社のドライバーが玄関前に普通に無言で置いていく。

 

16)備え付けの食器洗い機

使う習慣がなかったのでずっと使わなかった食器洗い機を使ってみる。するとドアの隙間から普通に泡がワラワラと出てくる。

 

17)火災感知器

ベーコンエッグを焼いていたらいきなり火災警報機が鳴る。その後豚肉を焼いても牛肉を焼いても大丈夫だったので再度ベーコンエッグを焼いたら普通に警報機が鳴る。どういう仕様だ。


いかがだったろうか。このようなことがアメリカでは普通に起こり、何もわからない日本人が一人で一個一個解決していったのであるが、渦中にいる間の不条理感は半端ではなかった。でもまあ、今は「アメリカならこのくらい普通」と思えてしまっているのだけれど。

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