昨年5月ころにサラリーマン人生に不満を抱くことをやめることができてから、特に内面的な危機というのはなくなり、同年6月にアメリカ東南部の旅行及びその周辺のことをブログに一気に書いてしまってからは妻との南カリフォルニア生活を充実させることを優先に生きていた。
いきおい週末は遊びに出かけることが圧倒的に多くなったし、仕事は相変わらず忙しくて家に帰ってきてからパソコンに向かってモノを書く気にもなかなかなれず、このブログもなんか遠い存在になっていて、気が付けば2020年も2月中旬になっていた。
2020年正月。僕は2つやりたいことを心に描いた。一つはプロ時代に作ったままお蔵入りにしていた自分の曲に英語詞を当て、再度今風の音に録音しなおしてハリウッドに送ってみること。もう一つは、英語系ユーチューバーになって、日本にいながら日本語OSの頭のままで英語の本質を覚える授業をやること。けれど、容易に忙しさを言い訳にできる環境下、どちらも特に進捗があったわけではない。
英語系ユーチューバーというのが山ほどいるのを知ったのはここ最近のことで、Toeic80回連続満点Youtuberとか海外で働く英語自慢Youtuberとか英会話学校の先生系Youtuberとか、そんな存在がすでにやたらいることに驚いたものだった。
そんなところに割って入れるほど差別化された有用ノウハウを僕にも提供できるのだろうか、、。僕はそんな視点からある時期毎日彼らの動画を見ていたけれど、どうやら僕にもできることはあるような気がした。
僕は48歳でアメリカに来るまで海外生活などしたこともなく、今使っている英語(会社での英文契約書の作成や契約違反に対して相手に債務の履行を求めるとかも含む)は日本にいる間に独学で覚えたのだけど、周りにネイティブはおろか塾の先生も大学生さえも存在しないド田舎育ちの僕の英語の覚え方は、同じような「劣悪な環境」で英語を覚えるという条件を課された方々には有用だと思うのだ。僕はいつだって「環境弱者」だったけど、結局勝手な工夫でそれを乗り越えてきたし、その工夫は本質をついていたから生きたのだと思うし。
だから、英語を日常使わず生きていける日本で、「日本語脳のまま英語を学ぶこと」にかけては、僕は第一人者になれる気がする。到達点は「受験や会社で使えるレベルまで、日本語脳のままで上達すること」だ。ネイティブの話し方やこじゃれた言い回しを覚える前に「英語の本質を日本語で覚えきれ」れば、後からそういうレッスンの効果も増すだろうし。「日本語脳のままいかに英語に習熟するか」というジャンルなら、ほかのネイティブ系やぺらぺら系Youtuberの人たちとも競合しないと踏んだわけ。
でも、おそらくこのNew Year's Resolution(新年の抱負)は実現できないだろうとわかっている(ならなんで書いたんだ?)。マジな話、今年56歳になる僕は体力の衰えも顕著で、昔のようには体も精神力も自分の願望についてこない。諦めることが容易になってしまった僕がもう一度自分を奮い立たせられるのか、自信がない。
しかも、仕事があり、収入があり、家があり、妻がいて、南カリフォルニアで大過なく過ごせている現状に不満を持つのもいかがなものか、との思いも昨年来急速に強まってきている。だから、何か迫りくる外部要因(倒産とかリストラとか)で自分が追い込まれないと、このまま今の生活を是としていくんだろうな、と思っている。
なんか徒然だなぁ。徒然過ぎるなぁ。しょうもない話だったなぁ。
まぁ、皆さんお嫌でしょうが、また書きますね。でも、次はいつになるかな。。。