アメリカという甘美な幻想

南カリフォルニアはオレンジ郡に住むオヤジです。妻共々サラリーマンでしたが、2011年にグリーンカードが当たり、アメリカへの憧れに抗しきれずに2012年10月に移住してきました。個人輸入代行やコンサルタントを生業にした後、2016年からは会社員(人事、法務など)に。移住する遥か前から積み重ねてきた様々な「アメリカ体験」も含めて文章に残すためにこのブログを書いていますが、会社員復帰以降は忙しすぎて更新は稀に。。。面目ない。

東海岸

米東南部旅日記(1):イントロ

やっとアメリカ東南部の旅の話です。ですが、今回の記事はただのイントロです。早く本編に進めや、とお怒りの諸兄。本当すいません。

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日本でサラリーマンだった僕が、毎年のように有休を利用して妻とともにアメリカ本土(陸続きのアメリカ)をレンタカーで巡ることを無上の喜びとしていたことは何度もここに書いてきた。
2007年までに本土33州を制覇したことも、それ以降、2012年に渡米してからでさえもなかなかそのような旅ができなくなっていたことも、しかし昨年、フロリダに行ったことで34週目の訪問が叶ったことも書いてきた。


そんな僕と妻が427日から54日まで、南はジョージア、北はペンシルベニアまでの都合8州を巡るレンタカーの旅に行ってきた。さすがにカリフォルニアから車で行くわけにはいかず、前日(金曜)の夜10時に仕事帰りにそのまま空港(LAX)からアトランタに飛んだ。飛行時間は4時間弱だった。


この旅の計画当時の主たる目的は、まだ訪問していない州になるべく行くことだった。時系列で訪問した州および行程を示すと、ジョージアサウスカロライナノースカロライナバージニアメリーランドデラウェアペンシルベニア。ここまでが北上する旅。

ここからはワシントンD.C.(州じゃないけど)
ウェストバージニアバージニアノースカロライナサウスカロライナテネシー、そしてジョージア・アトランタに戻って終了という感じになる。全行程はおおよそ2500マイル(4000km)だった(下のGoogle Mapでは約2000マイルと表示されているが、実際の旅の経路はところどころ異なる)。


2019旅程
大体の行程

太字の8州に訪問したことで、本土における訪問済みの州は42州となった。残るはメイン、ニューハンプシャー、バーモント、マサチューセッツ、コネチカット、ロードアイランドの6州だ。紅葉を見に秋にでも行こうか考え中である。


さて、前述の通り、この旅を計画していた時に何を楽しみにしていたかと言えば、それは訪問していない州に行くことと、いくつかの主要な観光地を訪問することだった。なんというか、無邪気なものだった。気軽なものだった。だがアトランタから大西洋方面に向けてレンタカーを運転し始めてから1時間ほどで、なんだか旅の様相が変わってしまった。


その決定的な要素は、別エントリーで書いたが「教会」だった。大げさでなく、どんな田舎でも5分ごとに教会が出現するのだ。アトランタ空港を後にしてすぐにそれに気づいて注目してみると、それらはほぼ「バプテスト教会」だった。

この光景は、僕の「東南部は信仰に熱心な人が多い」という程度の薄っぺらな知識を呼び起こした。そう。それは知っていた。だが、ここまで教会の数が多いのは何故なのか。一体この土地はどういうところなのか。アメリカに関するその他知識を総動員してもこれ以上の想像をすることは出来なかった。


ちなみに、僕が2年半在籍した大学はいわゆるミッション系と呼ばれるもので、宗派はメソジスト派だったが、僕はこの旅の後に急いで調べるまで、メソジストの概要や位置づけさえ知識を持ち合わせていなかった。また、僕と妻が結婚式を挙げた教会はルーテル派だったが、なぜルーテル教会を選んだのかといえば、市ヶ谷という立地を好感した以外に深い意味は何もなかった。今考えるとお恥ずかしい話だ。


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右からバプテスト教会、ルーテル教会、母校(メソジスト)の教会

多くのバプテスト教会を目撃したことをきっかけに、僕はこの地域に関する歴史や問題を調べ、少し深く知ることになった。東部13植民地であったこの辺りにまつわる事柄は、基本的にはアメリカ建国や南北戦争などアメリカ合衆国の歴史の主要部分にかかわっていた。

また、日本や他州で暮らしていては想像するのが難しいほど、今も古い生活様式や思考に縛られている人が多いことや、アメリカで最も貧しいのはこの辺りだということも今まで以上に理解が深まった。


まあそうした話は別の機会にすることにして、次回からしばらくは「お気楽な旅日記」にお付き合いいただきたい。

これからしばらく、記事を山ほどアップしていきます

どうも。お久しぶりです。

今日から急に多作になることを予告します。書き溜めていたものを徐々に放出していくことにしたからです。何故書き溜めていたかと言えば、それは忙しい中で何かを書きかけてはそれを放置するということを繰り返していたからです。

 

何故今これを放出するかと言えば、山ほど溜まった書きかけの断片を仕上げる時間が出来、かつ仕上げる意欲が続いたからに他なりません。いくら忙しくても、その気になればブログ記事の一本や二本、いや、五本や六本書けないわけがありません(実際は十数本…)。

 

この「これから山ほどアップする記事」において、取り上げたテーマは様々ありましたが、今日はその一つに軽く触れておきたいと思います。

 

実は、427日から54日までアメリカ南東部の旅に妻と行ってきました。目的はまだ訪問したことのない州に行き、有名な観光スポットを観、個人的に関心がある地域や道路を走るといういつもの軽いものでした。

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ワシントンD.C. リンカーン記念堂

 

ところが、ジョージア、サウスカロライナ、ノースカロライナ、バージニア、メリーランド、デラウェア、ペンシルベニア、ウェストバージニアの8州とワシントンD.C.を巡ったこの旅は、当初思ってもいなかった旅になりました。

 

この旅で、アメリカ東南部という地域の特性やその歴史に関して、今までにない洞察を迫られたのです。そのきっかけは道中幾度となく見かけた(バプテスト)教会でした。「なんでこんなに(バプテスト)教会が多いの?」という疑問への答えは、僕が持っていたアメリカ東南部に関する浅い知識の中には存在していませんでした。そして、本当に異常といえるほど教会が多かったので、「すぐにこの疑問を解決したい!」と思わないではいられませんでした。

 

こんな思いから、僕は清教徒革命のころのアメリカから調べ直すこととし、結果的にこの地域の内情も少し深く知ることになったのです。だから僕は、この旅に関して二つのテーマでブログ記事を書くつもりです(実際にはもう書き終わっていますが)。一つはお気楽な旅行記で、もう一つは東南部の歴史や特性への考察です。

 

かつての僕ならば、たとえばウェストバージニアに行ったことに関連付けてジョン・デンバーの歌った「カントリーロード」を引き合いに出したでしょう。いや、今回もそれはします。するけれども、もう「いい歌だ。いい歌詞だ」というお気楽な感想だけで済ますことは出来ないのです。


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 山深いウェストバージニア。本当に「殆ど天国」といえる場所なのか…。

それは、ジョンが「Almost heaven(もう天国のようだ)」と歌ったウェストバージニアが、そしてアパラチア山脈一帯の州が、決して天国ではないことを知ったからです。現代ではやや信じられない事実や、または存在すべきと思えない事実がそこにはあったからです。「聞いてはいたけれど、まさかここまでとは…」という驚き。あれです。

 

勿論僕はそんな「偏見」を持って旅に行ったのではありません。むしろ無邪気に、ストレス発散だけを目的にしていたのです。でも、カリフォルニアの「暗部」がパームツリーと太陽のイメージで糊塗されるように、日本が「おもてなしの国」の顔を表に持ちながら、そこには世界的にも特異な同調圧力と排他性があるように、アパラチア諸州にも牧歌的なイメージとは裏腹な、浅い知識では伺い知ることが出来なかったネガティブな側面もあったのです。

 

そういった深そうな話も阿保っぽい話も含め、これから猛然と記事を載せていきます。

ギャラリー
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