アメリカという甘美な幻想

南カリフォルニアはオレンジ郡に住むオヤジです。妻共々サラリーマンでしたが、2011年にグリーンカードが当たり、アメリカへの憧れに抗しきれずに2012年10月に移住してきました。個人輸入代行やコンサルタントを生業にした後、2016年からは会社員(人事、法務など)に。移住する遥か前から積み重ねてきた様々な「アメリカ体験」も含めて文章に残すためにこのブログを書いていますが、会社員復帰以降は忙しすぎて更新は稀に。。。面目ない。

ルイジアナ

「コロナの現実」の地域ごとの違い

Covid-19の罹患者数や罹患者の特徴は地域ごとに全然違います。人口の多さや密集度からニューヨークやロサンゼルスが罹患者が多いというのはわかるでしょうけれど、今ルイジアナ(ニューオリンズ)とミシガン(デトロイト)がホットスポットになってしまっています。

ニューヨークはいまだにひどい状況ですが、感染者数がFlatteningしている(=グラフが平になってきている)ようです。僕の住む街はロサンゼルスから100km圏内ですが、街の様子はロサンゼルスとは全然違って見えると思います。僕が住む街だけを切り取れば、人々は緑の中、思い思いに散歩し、ジョギングし、バイクに乗っていて、その光景はいたって平和そうに見えるはずです。

それでも、誰もがソーシャルディスタンシングを粛々と守っているので、人々が親しげに並んで歩くシーンや集合するシーンなどは一部の例外を除き見なくなりました。ここで言う例外とは家族(同一世帯)のことです。家族だけが互いに1.8m以内に入ってもいいのです。

そういえば、ロサンゼルス郡はたしか10人以上の集会を禁じるという命令になっていましたが、私のいるオレンジ郡は人数に関係なく集まってはだめです。1.8メートルの「見えないバリア」を破って集会することは家族を除き誰にも出来ないというのが原則なのです。また、ロサンゼルス郡はマスク着用を義務化しましたがオレンジ郡は「奨励」にとどまっています。郡によりまちまちですね。

散歩に出かけて他人とすれ違うとき、今は殆どの人が互いに大きく距離を空けます。相手が先に道を譲ってくれたときは、それへの感謝を示すべく笑顔で挨拶を交わすことが多いです。が、先週中年のおばさまに眉をひそめられ、息を止めるような素振りをされつつ、道を譲ったというより「避けられた」ことがありましたっけ。あれは単純な防衛本能からか、それとも人種差別的な意味が含まれていたのか、僕には判定できませんでした。

とにかく、同じアメリカでも、同じ州でも、郡や市が違えばコロナを巡る状況も本当に違うわけですが、一体アメリカ各州はどうなっているのか単純に知りたいと数日前に思い、CDCのウェブサイトから各州のウェブサイトに飛んで感染状況を確認したのです。

そしてたまたま、本当にたまたま、ルイジアナが悲惨だというニュースに意識を向ける前にルイジアナのウェブサイトに行きました。ルイジアナのサイトは、少なくともカリフォルニアと違い、罹患者の人種別割合を載せていました。そしてそれを見て驚きました。



下は、上のサイトから今日(西海岸時間4月10日正午現在)のデータをキャプチャしたものです。

Louisiana20200410

どうですか。まずは黒人の割合の多さに驚きませんか?ちなみに南部ルイジアナ州といえど、人口比は白人の方が全然上です(白人2、黒人1くらい)。

そして上記画像の右側は罹患者の既往症データですが、高い順にHypertention(高血圧)、Diabetes(糖尿病)、Chronic Kidney Disease(慢性腎臓疾患)、Obesity(肥満)、Cardiac Disease(心臓病)です。多くの人がこうした病気を複数持っているので、合計はゆうに100%を超えます。

そしていま現在の罹患数や罹患率はこう。

        総罹患者 / 死者 / 人口 / 対人口罹患率
ルイジアナ  :19253  / 755 / 500万 /  0.4%
カリフォルニア:18309  / 492 / 4000万 / 0.05%
ニューヨーク :170512 / 7844 / 2000万 / 0.9%

ニューヨークの桁数が一つ違いますね。そしてルイジアナが人口に対して罹患者数が多すぎますね。なんとこの時期にニューオリンズであの有名なマルディグラが開かれていたんですね。女性に「胸を見せて」と言うと本当に見せる女性が続出するという「あのお祭り」です。2月下旬まで「濃厚接触祭り」をやっていたとなると、これは感染爆発も必至ですね。同じ南部のミシシッピやアラバマも人口400万から500万人でルイジアナと同じなのに罹患者が3000人くらいしかいませんから、マルディグラが感染爆発の主原因と思っていいのだと思います。

ただ、だとしても、なんで黒人に罹患者がここまで偏るのか。その理由は恐らく、いや、もうデータが示すように、そして多くの学者が既に一致しているように、彼らの職業、衛生観念、健康状態に、大きな意味ではそういう状態を生み出した貧富の差に起因しているようです。

まず黒人は基本ホワイトカラーが少ない。必然、在宅で仕事は成立しません。よって単純に人との接触機会が増えます。こういう人の家があるコミュニティーは、同じような収入の人や人種が構成します。よって、人との単純接触数の多い黒人同士が、職場だけでなく家の周囲でも更に接触する機会を持ってしまうのです。ただでさえマルディグラでの隠れキャリアが多い中、黒人は仕事柄人に多く接触するのですから、人との接触を減らせる仕事に就いている白人よりウイルスをキャッチする確率が相対的に上がるはずです。

ちなみに、カリフォルニアでは運転手やスーパーのキャッシャーなど在宅できない典型的な仕事についても人種的な偏りはさほど感じないです。トレーダージョーズなんて、うちの周囲にある3店舗を見てもその従業員の9割がたが白人ですし。ただし、造園作業はヒスパニックの方々の独壇場です。

さて、黒人の方々の食生活は、残念ながら白人に比べ概して質が悪いです。安くて質が悪いものを大量に食べますので肥満します。その肥満の仕方も尋常ならざる方々が少なくありません。低賃金のために質の悪いものしか買えないのだ、ということはあるのでしょうが、食べる量のコントロールは年収とは関係なく出来ます。でも彼らの多くはそれをしない。よってどんどん太り、高血圧になり、糖尿になり、心臓を痛めつける。

また、医者にかかれるかどうかも問題です。黒人の方々で、無保険者がどれだけいるのかわかりませんが白人よりは確実に多いです。また、アメリカは会社によって社員に提供する保険のレベルが全然違ってきます。かかれる医者も変わってきます。なので、会社の保険を使える人でも、自己負担分がやたらに多い場合などは、なかなか医者に行く気にはならないでしょう。

人と接触することが多い黒人はコロナに接触する確率も高い。その上基礎疾患もあって免疫力が弱いからコロナを初期段階で叩けないし重篤化しやすい。そんな折、濃厚接触をすることと同義と言えるほどの乱痴気騒ぎが行われるマルディグラが2月下旬まで開催されていた。そして、健康保険がないかそのレベルが低いため医者に行ける人も少ないし医療体制も間に合っていなかった。ルイジアナの黒人を主とする感染爆発はこんな感じで起きたのだろうと思います。

日本にいる皆さんはアメリカの惨状から学べることが非常に多いです。中でも、「人と接触するほどに感染リスクが高まる」ということは嫌というほどアメリカが事例を提供しました。行政は頼りないでしょうけれど、ならば自分の命は自分を守りましょう。

2006年、ニューオーリンズからLAへ(その一)

前年6月上旬に行ったアメリカ旅行はトルネードシーズンだったことで雨にやられる日が多かった。この年はそれを反省材料にしながら「より遠く、より長く」をテーマに旅程を組んだ。

ところで、僕は相変わらずFM放送局にいたが、前年から系列の音楽出版社に出向していた。昔作詞作曲家として音楽作品を生み出す現場にいた僕は、同時に著作権を独学で学んでいたし、その後人事・法務の仕事や法律の国家資格試験などでその知識が肉付けされていたので、新しい著作権ビジネスの立ち上げや著作物の新規開拓をやりたいと上層部に申し出たら、人事法務系の管理部門との兼任を条件に認めてもらえたのだった。

この業務を通じ、前年12月に面白い仕事をした。LA在住のスラックキー・ギターの名手にしてボーカリストのDaniel Ho氏を起用して、局の大スポンサーC社のためにカバー曲集を作ることになったのだ。僕はプロデューサーとしてLAに出張し、その時Ho氏にお会いした。それが縁で、僕らの今回の旅の最終地LAで、Ho氏の御宅に泊めて頂けることになった。

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7月5日、旅はルイジアナ州ニューオーリンズから始まった。

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さすがデキシーランドジャズの発祥地。空港でミュージシャンたちがお出迎えしてくれる。

シカゴ経由で16:00に到着後ダラーで車をチェックアウトし、予約済みのモーテルへは18:00過ぎに着いた。ここで"Sold in a market down in New Orleans"という歌詞を含むローリングストーンズの「Brown Suger」をカーステでかけたかというと、かけた。あまりにベタだけど、しないと後悔すると思ったから。

06-01
New Orleans (LA) -- 800km --> Texarkana (TX/AR)

レンタカー屋では、仮ナンバーでしかもその有効期間が切れている車をあてがってくるというアメリカンないい加減さがいきなり炸裂。でも大丈夫だと言うのでそのまま乗ったこっちも結構いい加減か。


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有効期限6月25日と書かれた仮ナンバー。この日は7月5日であった。

翌日まずはニューオーリンズ市街を車で見学した。前年のハリケーンカトリーナが残した爪痕は一部にまだ生々しく残っていたが、写真を撮ったりすることがなんだか不謹慎なような気がして自重してしまった。

ニューオーリンズを出ると、僕らはNachez Trail Parkway(ナッチェス・トレイル・パークウェイ)という道路 を走ってみた。ミシシッピ州ナッチェスからテネシー州ナッシュビルまで続く全長715kmの道路で、1700年代から使われている古いものだ。整備と保全は道路局ではなく公園管理局がやっているそうだ。僕らはそのうちのナッチェス・フォートギブソン間を走っただけだったが、確かに趣があった。そもそも乗用車しか乗り入れられないという道路だから、よほど保全に力を入れているのだろう。この日の宿はTexarkana(テキサカーナ)。テキサスとアーカンソーの州境の町だ。名前が面白いということだけで選んだ。

*****

翌日はオクラホマに立ち寄り、ダラスを見て、Snyder(スナイダー)という恐らく誰しもがノーマークの田舎町に泊った。

06-03
Texarkana-- 850km -->Snyder (TX)

まずここで言わなければならないのは、オクラホマから南下してテキサスに入った最初の町、Denison(デニスン)で食べた「テキサスダブルワッパ―」が史上最高のハンバーガーだったことだ。

06-04

ダラスではケネディー大統領暗殺関係の資料館に寄った(なかなか興味深かったが写真がないのでお見せできない)。また、この一帯を走っていてやたらに聞いた曲が「Jesus, Take the wheel(Carrie Underwood)」だった。アメリカンアイドル優勝者、キャリーアンダーウッドの曲で、前年秋にリリースされたのだという。プレーリーの田舎道は、遮る物のない開けた視界の中、緑の農耕地をのんびり走る感じになるが、そこでもカントリーはあう(というかこの辺がメッカだ)。そこにこの曲が何度も流れれば、忘れようにも忘れられなくなろうというものだ。

その後I-20をひたすら西に進み、US-84でSnyderに到着。なんだ、走ってばかりではないか、とお嘆きの諸兄。その通り、走ってばかりです。一都市に何日かステイしてじっくり楽しむ旅も勿論いいと思うものの、この当時は「どうせ10日前後の有休でじっくりもくそもあるか」と思っていたので。広大なアメリカの未踏破地帯を少しずつぬり絵を塗るように染めていく「我々流」もこれはこれで非常に楽しいのです。
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