アメリカという甘美な幻想

南カリフォルニアはオレンジ郡に住むオヤジです。妻共々サラリーマンでしたが、2011年にグリーンカードが当たり、アメリカへの憧れに抗しきれずに2012年10月に移住してきました。個人輸入代行やコンサルタントを生業にした後、2016年からは会社員(人事、法務など)に。移住する遥か前から積み重ねてきた様々な「アメリカ体験」も含めて文章に残すためにこのブログを書いていますが、会社員復帰以降は忙しすぎて更新は稀に。。。面目ない。

リッジクレスト

Ridgecrest(リッジクレスト)の地震

昨日の独立記念日にロサンゼルスの北東250㎞くらいに位置するリッジクレスト近くを震源としてマグニチュード6.4の地震が起きた。300㎞離れた僕の家も揺れた。震度は2くらいだったと思う。

そして今日、しかも1時間ほど前に、マグニチュード6.9(7.1と書いているところもある)の地震が起きた。震度的には3から4くらいではないかと思う。

震源に近いリッジクレストでは家が倒壊しているが、さすがにロサンゼルスや当地ではそういうことはない。

アメリカの地震に関するニュースが最悪なのは、マグニチュードしか言わないことである。どうやら「震度」という概念がないようなのだ。いくらマグニチュードがでかくてもそれが大きな揺れをもたらすかは深さなどの要因などもあるわけで、きっちり震度を言わなきゃしょうがないだろうって。

そういうわけで、あなたの家族や知人がカリフォルニアにいるとしても、単にマグニチュードだけで心配したり楽観したりしないようにおねがいしたい。

その一方、家が倒壊したとかそういうニュースがあったら、これは大きく揺れたのだろうということで連絡をしてみてほしい。

では取り急ぎ。

2009年:心機一転カリフォルニアとネバダの旅(番外編)

2009年7月、2年ぶりにアメリカを旅行して戻ってきてから、実験的に代行店をスタートさせる準備を進めた。その過程で販売目的で若干商品を買っておいたりアメリカのイメージ画像が必要になったりしたため、再度11月に4泊6日程度でロサンゼルスに行こうと考えた。

一方同居する義母は僕が会社員に戻らないという決断を受け入れていたのかと思ったが、9月になって急に「不安だ不安だ」と騒ぎ出した(一人娘の母親という立場上、まあしょうがないとは思うが)。結局10月に僕は、代行店を開業することをはじめ、将来的に起業する可能性の模索を今後とも続けることを許してもらう一方、
(口があるのなら)再就職することを約束した。そんな流れで11月に内定が出たが、勤務開始は12月にしてもらい、4泊6日の旅行には計画通りに行った。


2009年11月20日~26日
このような旅だったので、基本的に商業地域しか回らなかった。骨が折れたのは、店のイメージ画像に使うために以下のような写真を撮る作業だった。お店から許可をもらえるとは思えないし、とにかく「写真を撮るな」と表示がないところで人知れず技術を駆使して撮ったのである。


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しかし、僕のような砂漠好きがロサンゼルスにいながらそこに行くのを我慢することは出来ず、ロサンゼルスから2時間半ほどにあるリッジクレストという町まで行って砂漠を愛でてきた。

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多分CA-178号線。こういう景色に出会うたび、今でも心がときめく

そして、またもハモサビーチのビバヒルのビーチハウスに行ってみたのだが、11月の少し寂しげなビーチを散歩していると、何か様相が違っていることに気づいた。

RIMG3850
奥に見えるのが例のビーチハウス 

実はこの時多くの家が売りに出ていたのだ。当然にリーマンショックの影響で、売りに出ている家の看板は「For Sale」だけでなく、「Foreclosure(差押物件)」とか「Short Sale(一言では説明不能)」などの看板がやたらに目についた。上の写真にも納まっていないし、他の写真を見ても撮れてはいなかったが、いやでも目に入るほど多くの売り看板が出ていた

この、リーマンショックによる不動産価格の下落は2012年夏に底を打つことになった。一方日本円は2012年夏ごろは70円台を保ち、ドルに対して過去最強レベルの強さだった。勿論
この当時はそんなことを知る由もなかったが、僕ら夫婦はまさに2012年夏に、今住んでいるコンドを買った。狙ってできることではなく、ラッキー以外の何物でもなかった。

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こうして目的を果たし、あとは帰るばかりとなった。買いつけた商品は持ってきた2個のスーツケースには納まりきらなかったので、入りきれないものは別送品として箱に入れ、帰る前日に日通から出した。そして最後に、グリフィス天文台からの夜景を見て2009年アメリカ旅行の番外編は終わった。

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帰国後、またもサラリーマンに戻ったわけだが、その時の想いを今でも忘れない。僕はこう願っていた。

 起業のことが頭にあるからといって手抜きをするつもりは勿論ない。
 ただ、ドラスティックなくらいでいいから「成果主義の職場」であってくれ。
 論理的整合性のない日本的根性論だけは勘弁してほしい。

2002年アメリカ西部三州ドライブ旅行(各論1日目)

初日(9/21)
ルート:LAX-(I-405・CA-14・CA-178)->Ridgecrest

16:50、日航エコノミーで成田からLAXへ。同日10:45LAX到着。荷物をとり、イミグレを通過し、ダラーレンタカーのバスに乗り、12:30頃ダラーLAX営業所へ(なお、ダラーは日本にも営業所があり、ここのプランの方が安いことが多いのでアメリカダラーと比較してみて下さい)。
結構待たされた後、赤いクライスラークルーズPTをあてがわれる。とても大きく見えたので「これは予約したミッドサイズのセダンですか?」と聞くもあっさり「そうです」と言われ、これが私たちの足になることに決定。
ブレーキランプがつくかどうかなど非常に念入りに調べてから13:30にゲートを出て一般道へ。はっきり言って怖かった。

ともすれば右に右にずれていく車体を左に戻しながら、後続車に何度かクラクションで脅かされながら、ウィンカーを付けるつもりでワイパーを何度も動かしながらLA都市部を通過すると、目の前には徐々に砂漠が現れる。LAXから1時間半ほども走れば、もうかなり「立派」な砂漠になります。イヤッホー!

near mojave city
LAXから北北東130kmの景色(グーグルアースより)

◆宿泊地、Ridgecrestに
本日の宿泊地、リッジクレスト(Ridgecrest, CA)はLAXから260kmほどなので、理論上時速100kmで走れば2.5時間ほどで着きますが、途中に地図にないような未舗装道路に入ってみるなどの寄り道をしたこともあり、到着は17:00過ぎでした。

この町は人口2.5万人ほどですが、砂漠のど真ん中にある町としてはかなり大きいものです。旅人にとって魅力のあるものは特にないけれど、デスバレーへの玄関口としてここで給油、腹ごしらえなどをする人が多いようです。

◆モーテル、Super 8
 この日に宿泊したのはモーテルチェーン「Super 8 Ridgecrest」。2002年のことなので詳細は記憶にないですが、問題はありませんでした。当時の領収証の住所をググってみると、今ここは「Travelodge Ridgecrest」になっています。ではスーパー8はないのかと言うと、別の場所にありました(Super 8 Ridgecrest)。見た目がきれいですのでまだ新しいのでしょう。こうした
モーテルの運営会社の変更はアメリカでは非常によくあることです。

◆何をした?
デスバレーに行くために通る場所から適当に選んだ宿泊地なので何もしていません。ここのバーガーキングでご飯を食べておしまい。でも、アメリカのハンバーガーは日本のより圧倒的に旨い(と思う)ので、それだけでもかなりハッピーな気分になります。

ところで、私は時差ぼけに中々うまく対応できません。大体夕方5時頃に眠くなり粘って9時頃まで頑張ってから寝ますが、夜中の2時ごろに目が覚めてしまい、そこから眠れないのです。自ら運転する必要のある今回のドライブ旅行でそれではいかんと、この旅では色々と準備しました。

1)飛行機の中ではとにかく睡眠薬で寝る
10:45着なので、その一時間前に起きると9:45。これなら「ちょっと朝寝坊した時間」くらいに起きたことになります。これ、成功しました。

2)真夜中に起きてしまったら、やっぱり睡眠薬で寝る
この日は3:00くらいに起きてしまったので、迷いましたが睡眠薬(半錠)に頼りました。このおかげで朝7:00まで眠れましたので大成功でした。

2002年アメリカ西部三州ドライブ旅行(総論)

やっとドライブ旅行の話を書けるところまで来ました。時は2002年、私はFM放送局で人事・法務をしていました。旅慣れた同僚が「アメリカで車の運転なんて大したことない」と言うし、もう決行するしかありません。

2002年全行程概要
02旅行マップ

旅程と利用サービス/施設関係のデータ

 <旅程>

921

成田⇒LA

LA⇒RidgecrestCA) 
距離:260km
ルート:LAXそばのダラーレンタカーからI-405CA-14 

22

Ridgecrest  Death Valley  Las Vegas (NV)
距離:450km
ルート:RidgecrestからUS-395CA-190NV-160 

23

Las Vegas  King ManAZ)  BarstowCA)
距離:500km
ルート:US-95US-93I-40(途中Route66に乗る) 

24

Barstow  LA
距離:185km
ルート:I-15 

2527

LAとその近郊

28

LA  成田

29

成田着


 <利用施設等データ> 

航空会社

JALエコノミー(往復一人99980円×2)

レンタカー

会社:ダラーレンタカー

車種:クライスラー クルーザーPT(赤)
   ※価格等資料紛失記憶忘却 

モーテル

Date

モーテル名

値段(税込ドル)

9/21

Super 8

64.90

9/22

Travelodge

42.15

9/23

Econolodge

33.00

9/24

Travelodge (ハリウッド)

68.40

9/25

Best Western Ocean View

(サンタモニカ)

241.76

9/26

9/27

Holiday Inn Express (ハリウッド)

90.06


02-1
皮肉にも看板には書いてませんが、「間もなくデスバレー」という場所にいます

移住への憧れが萌芽した旅でした
「砂漠の権化」であるデスバレーに車で訪れたい(というか車以外に実質行く方法がない)と思って企画したこの旅でしたが、LAの都市部を過ぎてしばらくするともう「砂漠」なんですよね。既にその時点で私は十分興奮できました(笑)。

そしてデスバレー近辺を走ってみて、実際の都市と都市の間に横たわる、あまりにも広大な『無』に圧倒されました。荒涼たる砂漠、褐色または鈍い銀色のゴツゴツした岩がむき出しの山々、青空、乾いた空気、対向車の来ない一本道…。飛行機から見たあの風景の中に自分を溶け込ませてみると、あの感動が倍加して、否何十倍にもなって自分を襲ってきました。

そしてLAに戻って都市の環境で旅を楽しむと、この奇跡のギャップがいよいよ愛おしく感じられ、
「LAに住んだら海、砂漠、シティーライフが満喫できるジャン。いいなぁ」と思ったことを覚えています。1995年の旅で飛行機から見た砂漠でアメリカに淡い憧れを抱いてから7年、このとき「移住への軽い憧れ」が芽生えたのです。

では次回は旅の詳細を。 
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