アメリカという甘美な幻想

南カリフォルニアはオレンジ郡に住むオヤジです。妻共々サラリーマンでしたが、2011年にグリーンカードが当たり、アメリカへの憧れに抗しきれずに2012年10月に移住してきました。個人輸入代行やコンサルタントを生業にした後、2016年からは会社員(人事、法務など)に。移住する遥か前から積み重ねてきた様々な「アメリカ体験」も含めて文章に残すためにこのブログを書いていますが、会社員復帰以降は忙しすぎて更新は稀に。。。面目ない。

ミネソタ

2007年、アメリカ プチ一周ドライブ(その二)

今回は下のような経路でナッシュビルまで行く過程を書きたい。

070708-02

7月8日
この日は、2005年にモンタナ州で出会ったLoss一家のミネソタ州ブレイナードにあるお宅にお邪魔し、それから州都セントポール・ミネアポリスに宿泊というスケジュールだった。サウスダコタ州ブルッキングスからミネソタはすぐ鼻の先だがノースダコタにも近いので、あえて一旦ノースダコタに入るルートでブレイナードを目指した。

CIMG2257

このあたりは冬は氷点下20度が当たり前の地域なので「住むか?」と言われれば恐らく寒さが苦手な僕は住まないだろうという地域だが緑と湖沼に恵まれていて、この日は北国っぽいどよんとした雲や小雨に祟られた一日だったけれどそれなりに砂漠好きの僕も楽しくドライブした。

約束通り、14:00にトム、カーラ、ジョーイ、アニーの4人家族、Loss家に到着。歓待を受けたが、驚くことが多かった。中でも、彼らの家の庭で実弾を撃っている事実を知ったのは驚愕の一言だった。「Kazz、銃は撃ったことある?撃ってみる?」と誘ったのは当時5歳くらいのジョーイだった。この質問への答えは「あるわけない」なのだが、親父もお袋も自らライフルを撃ち出し、ボーガンまで持ち出してきた。凄い展開だ。

お言葉に甘えて(?)撃たせてもらったが、構えが間違っていたらしく反動でスコープが左目を直撃した。大丈夫?と憐れんだ目で聞くジョーイに「全然平気!」と答えたが、少ししてきれいなクマが出来たほど凄い衝撃だった。

CIMG2267

彼らは猟期に入ると鹿、ウサギ、アヒルなどを獲り、実際に食べる。そういう文化なのだ。僕には狩りは出来ないしそうした獲物を食べる気もないが、食文化は可能な限り尊重されるべきと思っている。そして、日本に入ってくるのはカリフォルニアやニューヨーク発の情報が殆どという状況で、実際にこのような光景を目の当たりにしたことは本当に勉強になった。

彼らは保守系白人でカトリックだ。この国の一大勢力だ。そして彼はアジア人への偏見などみじんもなかった。むしろ、僕ら夫婦に出会ってからインドネシアなどアジアの留学生のホストファミリーなどをしている。これが、いやこれ「も」アメリカの真実なのだ。18:00過ぎに別れを告げ、20:00にミネアポリスに着いた。

7月9日
ミネアポリスとセントポールをしばし見て回ってから
ウィスコンシン州を通り(但しミルウォーキーは通らず)シカゴに向かった。最初はきれいに晴れていたが途中凄い雨に見舞われた。

15:00くらいにシカゴに着いた。小雨だった。それは残念だったが、モーテルにチェックイン後に車窓から見た街並みからは「都会としての美しさ」を感じた。

CIMG2298

ふらっとイタリアンレストランに入って夕食を食べてみた。僕らには珍しいことだ。それなりに盛況で雰囲気もよかったが味はまあまあだった。

7/10
午前中街を散歩し、シカゴハンコックセンターからのミシガン湖を含む眺望を楽しんだ。美しかったが冬は氷点下20度なんだよなぁ。

CIMG2310

シカゴを後にし、シンシナチに向かった。せっかくだからオハイオ州に入りたかったのと、ここの名物だというチリビーンズを食べたかったのだ。しかし、モーテルに行くのに時間を食い、しかもモーテル名にダウンタウンがついていたのでそういう立地だと思っていたがそのはずれで何もない。そもそもシカゴから出るときにルート66を走るはずが全然道がわからず、いろんな人に聞いても知らず、この日は端からダメな日だった。結局少し散歩してハンバーガーを食べてさっさと寝ることにした。

7/11
シンシナチからケンタッキー州のバーボンの町と言われるバーズタウン(Bardstown)を経てカントリーミュージックの聖地、テネシー州ナッシュビルへ。バーズタウンは欧州風の街並みが見事だった。

CIMG2326

バーボンの工場を見学したかったが時間が合わず、いい加減に走っていたら面白いところに着いた。

CIMG2344

ここはリンカーン大統領生誕の地で、彼が通ったという小学校とかを見て回った。

17:00ごろナッシュビルにつき、モーテルにチェックイン後ダウンタウンへ。ライブハウスが集中する通りを歩いて、漏れてくる音を楽しんだ。

CIMG2351

夜、アメリカンアイドルの入賞者のライブがダウンタウンのホールでやっているという情報を得て行ってみた。これも音が漏れてくるのを聞いて楽しんだ。

2005年、ナッシュビルからシアトルへ(その二)

朝起きるととんでもない雨だった。叩きつけるような雨が視界を奪い、安全に運転できるか気が気ではなかった。

05-07
Sioux Falls -- 700km --> Rapid City

最終目的地のシアトルは勿論西側だが、東に少し行けばミネソタ州に入れることに気づき、とりあえず州を越してみることにした。I-90を東に20kmでミネソタ州に入った。一番近い降り口を使って転回し、西方面への車線に乗り換えた。これでミネソタ州「制覇」である。

凄まじい雨が降り続く中、人々はビュンビュン飛ばしていた。あまりノロいと煽られるのでこちらも制限速度の70マイル(110km/h)をキープしたが、この雨は人ばかりか鳥にまで影響を与え、黒い影が急に現れてパンと音を立て僕らの車の右サイドミラーをかすっていった。大丈夫だったろうか。

途中サービスエリアに立ちよると「どこから来たか記念に書いて」と係の女性に言われた。「Tokyo」と書くと、「Oh!All the way from Japan!」と驚いてくれた。「最近天気が悪い日が続いているようだけど、この雨、止みますかね」と聞いてみた。彼女いわく「この先をしばらく行くとミズーリ川を渡るんだけど、そこを境に天気が良くなるパターンが多いよ」とのこと。地元民の言うことなので当たるかも、と思いつつ先を急ぐことにした。

果たして、川を越えるとほどなく雨は小ぶりになり、場所によっては上がっていた。これなら行けるとBadlands国立公園に寄ることにした。その名も「悪い土地」。

CIMG0518
小雨の降る中、何がBadなのかさえわからない中途半端な写真(これしかなかった)

小雨が降ったりやんだりでどうにも冴えない中、車と徒歩でそれなりに見て回り、この日の最終目的地Rapid Cityへは15:30頃に着いた。ここまで来てやっと晴れた。

雨中の運転で神経がすり減ってヘトヘトだったが、モーテルにチェックインすると早速
4人の大統領に会いに行った。訪ねたのは宿から30kmほどにある有名なMount Rushmore(ラシュモア山)だ。
ウィキペディアのリンクを付けたけど、それを読んでもなお、どういう理由でこんな像を彫ったのか今でもわからない。

CIMG0537
左からG.ワシントン、T.ジェファーソン、T.ルーズベルト、A.リンカーン

ところで、この大統領がいる場所は「Black Hills」という大きな森林地帯にあるのだが、この森林がビートルズの曲に歌い込まれていることをご存じだっただろうか。彼らの曲「Rocky Raccoon(ロッキーラクーン)」の歌詞の冒頭はこうだ。

"Somewhere in the black mountain hills of Dakota there lived a boy named Rocky Raccoon"
(ダコタのブラックマウンテンヒルズのどこかにロッキーラクーンという名の少年がいた)
 ※ご案内したYoutubeビデオは歌詞で歌われた内容がアニメになっている。見られたし。

翌朝はやっと綺麗に晴れ上がった。この日は特に宿も決めておらず、行き当たりばったりのドライブを楽しむことにしていた。

05-08
Rapid City -- 900km --> Butte, MT

まずI-90ではなくUS-212を使って北西に行ってみた。ほどなくワイオミングに入ったが「行ったことのない州には行かない」という今回のテーマに抵触するので急ぎたいところだ。しかし物凄い青空の下に州の看板が2つ。撮らないわけにはいかなかった。

05-09
ところで、実はこの看板には無数の穴が開いていた。銃弾だった。こえーよアメリカ!

ワイオミングはすぐに終わりモンタナ州に入った。また看板があった。撮らないと。

05-10

こうしてだらだらと、僕らは車によるぶらり旅を楽しんだ。
ギャラリー
  • トランプ大統領からのお手紙
  • リオープン派の皆様の言辞
  • リオープン派の皆様の言辞
  • リオープン派の皆様の言辞
  • 「コロナの現実」の地域ごとの違い
  • 変わるアメリカ人と変わらない日本の不決断
  • 日本よ。早く決めよう!
  • 日本の甘さ
  • 南カリフォルニアの新型肺炎の状況(2)
  • ライブドアブログ