アメリカという甘美な幻想

南カリフォルニアはオレンジ郡に住むオヤジです。妻共々サラリーマンでしたが、2012年10月に移住してきました。個人輸入代行やコンサルタントを生業にした後、2016年からは会社員に。移住する遥か前から積み重ねてきた様々な「アメリカ体験」も含めて文章に残すためにこのブログを書いていますが、会社員復帰以降は忙しすぎて更新は稀に。自由の国、アメリカを含めた全体主義への流れ。これを絶対に食い止めましょう!

バッドウォーター

2009年:心機一転カリフォルニアとネバダの旅(2)

7/19
この日はビショップからUS-95やUS-6を経てネバダ州道375号線に入り、最終的にはラスベガスに行くつもりだった。NV-375号はアメリカ空軍基地があるエリア51の近くを通っているが、この基地では墜落したUFOや宇宙人の調査研究などをしているという風説が広まっていて、NV-375号は別名「UFO通り」(英語では「Extraterrestial Highway」)と呼ばれていて面白そうだった。

しかし、US-95とUS-6の分岐点で道を間違え、6(東)に行くべきを95(南)に進んでしまった。

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41マイル先のTonopahが分岐点だった。。。

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紫は実際に走ったルート、青は予定していたルート

60kmほど進んで気付いたがもう引き返すわけにもいかず、このまま2002年以来7年ぶりに「真夏のデスバレー」を楽しむことにした。

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7月のデスバレーは、日陰で47℃、日向ならゆうに50℃を越える凄まじい暑さで、吹く風は乾き、肌をサンドペーパーでこするような感触があった。しかし地面には花が咲き、「死の谷」は「生の谷」であることを教えてくれた。体を壊し、失意から立ち直ろうとしていた僕にとって、デスバレーは再起に向けた最高のきっかけを与えてくれた。

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デスバレーを堪能した後、のんびり砂漠の道を走るとパーランプ(Pahrump)という町に出る。パーランプはそれなりに大きな町だが通過すればすぐに砂漠道が復活する。そしてしばらくすると、いきなりラスベガスが眼下に現れる。普通人が住まないだろう酷暑の砂漠に、人間の知恵と欲望を結集して作った街だ。

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僕はラスベガスが嫌いじゃない。ギャンブルはしないのだけど、ここに集まる人たちを見るのが好きだ。何よりデスバレーなど超絶なスケールの剝き出しの自然との対比に心が躍る。

ラスベガスは夜になっても40℃近い気温があったが、汗をかかない(正確には汗はかいたそばから蒸発していく)ので街を歩きまくった。べラッジオの噴水を見たりショッピングモールに行ったりし、深夜12時ごろホテルに戻って寝た。

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2002年アメリカ西部三州ドライブ旅行(各論2日目)

2日目(9/22)
 ルート:リッジクレスト-(CA-178)->デスバレー-(CA178・NV372・NV160・I-15)->ラスベガス

◆デスバレーへ
朝8:00、B級モーテルとしては標準的な朝食を食べ、CA-178号線をデスバレーに向かいます。最初10数キロは強烈に眩しい朝陽に向って進んでいくのでかなり運転しずらかったです。

既にリッジクレスト自体が超ド級の砂漠なので、朝から興奮冷めやらない状態が続きます。何の変哲もない風景と言う人も多いのでしょうが、砂漠フェチにはその「荒涼たる何もなさ」がどうしようもなく愛おしいのです。

「すげー。何もねー。対向車もいねー。何もね―」と大騒ぎしつつ要所要所で車を止め、写真を撮ります(デジカメは2004年まで入手しておらず、普通のフィルム撮りです)。

CA190サイン
左は私の、右はグーグルアースの。右の方が一本道が構図に入ってうまいですね…

上の写真の通り、CA-178からCA-190に入りますとデスバレーの「Stovepipe Wells(ストーブパイプウェルズ)までは28マイル(45km)。30分で着きます。

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はい、着きました。左はテレスコープピークで標高11049フィート(3367メートル)、右はバッドウォーターで海抜-280フィート(-86メートル)。同じ公園内で何という標高差でしょうか。しかもバッドウォーターは北米大陸最低地点です。ちなみに、ここに湧き出る水(というかお湯)を舐めてみたらマジでしょっぱいのですが、ここに虫など様々な生物が生きているのですよ。たまげましたね。「全然”Death”じゃないじゃん」と感動しました。

このとき気温は49度くらいでしたでしょうか。吹く風はまるで紙やすりのように、肌を撫でるのではなく擦っていきました。暑いのが大好きの私は更に興奮し、暑いのが苦手な妻は火照って湿疹が出てドン引き。早く車に戻ろうとうるさかったです。

◆ラスベガスへ
ファーニス・クリーク(Furnace Creek)の売店で昼食に適当に何かを買って食べ、色々寄り道しながら”Badwater Road"を南下していきますと、大トリとなるバッドウォーターになります。これを見終え、道なりに(南東)に更に30kmくらい進んでいきますと、なんか廃墟のようなものが。近づいてみると「アシュフォードミルズ(Ashford Mills)」という史跡でした。

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碑文を読んでみると「1914年ここから5マイル先の金鉱から取れた金を、精錬業者に渡すためにここで処理していた。その金鉱の持ち主がAshford兄弟で、50000ドルでハンガリーの伯爵に売った。それを伯爵が後に転売したとき、価格は105000ドルになったと言われている」ということでした。うーん、特に面白い話でもないですね…。まあそれでも、こんな過酷な場所でさえゴールドラッシュに沸いた当時は人が住み、人馬が行き交ったのだなぁと感動をクリエイトしちゃいましたが(笑)

更に10kmほど進んで178号線に入るために左折し、これをキープして進んで行きますと1時間ほどで州境を越えネバダに入ります。道路はCA-178からNV-372と表記が変わり、結構栄えた町、パーランプ(Pahrump)に入ります。ネバダ州ですのでカジノもあり、そのせいか通りも若干ケバケバしい感じがしました。時計は午後3:30。特に何もせず先を急ぐことにしました。

5:00、NV160号線からI-15を使い、やってきた2度目のラスベガス。大通り「ザ・ストリップ」にあるモーテル「トラベロッジ・オン・センターストリップ」が今宵の宿です。結構小汚いモーテルで、きらびやかなホテルが林立する中で非常に場違いな感じでした(今は改築しているようですが)。

チェックイン後、何をするかと言うと散策です。カジノに興味のない私たち夫婦は、散策しつつ色々な人々を眺める文化人類学的アプローチ(失笑)で楽しみました。まあ寝る前にスロットマシーンをやったらかみさんが25セントで50ドル儲けましたが。観光的なお楽しみは明日のフーバーダム見学に譲ることにして、この日は早々に寝ました。
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