アメリカという甘美な幻想

南カリフォルニアはオレンジ郡に住むオヤジです。妻共々サラリーマンでしたが、2011年にグリーンカードが当たり、アメリカへの憧れに抗しきれずに2012年10月に移住してきました。個人輸入代行やコンサルタントを生業にした後、2016年からは会社員(人事、法務など)に。移住する遥か前から積み重ねてきた様々な「アメリカ体験」も含めて文章に残すためにこのブログを書いていますが、会社員復帰以降は忙しすぎて更新は稀に。。。面目ない。

カリフォルニア

Occasional Smoker(非常習的喫煙者)からNon-smokerへ

まだタバコの話し続けるの?とお嘆きのあなた。これで終わりです。

 

前回は禁煙のことを偉そうに書きましたが、僕は手術から1年経過して以降は「Occasional Smoker(非常習的喫煙者)」だったんです。

 

ある日、友人にもらってタバコを吸ったんです。もう「痰が絡むこと」も怖くなかったから。喫煙をやめたいと思っていたわけではなかったのに脅されて(?)止めることになったのが少し癪だったから。でもまあ、家に帰ってまで吸えないし、吸いたいわけでもないのでそれで終了しました。

 

その後、渋谷かどこかで友達を待っていた時、暇をつぶそうとして自分で買って吸ってみました。普通に「うまい」と思いました。でもやっぱり家で吸えないし休日は妻と一緒で吸えないし、そもそも常習したいモチベーションもないからそれっきり。

 

ただし残ったタバコもライターも、またいつか吸えるタイミングで吸おうと考えたので捨てませんでした。そしたら、普通にタバコがなくなったら買うようになり、そんな感じで僕は俗にいう「Occasional Smoker(時折タバコを吸う人)」になったんです。

occasional smoking
 Occasional Smokerでヒットした画像。アメリカにはOSがかなり多いと思う。

この定義は「旅に行くと吸う(ラスベガスなんかに行くとそういう人が山ほどいます)、週末だけ吸う、逆に平日だけ45本程度吸う」といった喫煙者です。僕の場合、友人と週末に飲みに行ったりすると吸う感じでした。「普段酒は飲まないけど、飲み会に参加した時くらいは飲む」っていう人と一緒です。

 

201210月の渡米後数年はアメリカの地では一切タバコは吸わず、たまに日本に帰っているときに吸うくらいでしたが、2016年にサラリーマンになってからはアメリカでも吸い始めました。日本の時とは逆で、週末ではなく平日に、一日4本吸う感じです。ちなみに、僕の吸っていたタバコは1箱税込みで6.73ドルでした。今の相場で約750円ですね。1本あたり37.5円、14本で約150円、言うまでもなく1週間で750円、月額で約3000円を使っていました。

 

きっかけは、ストレスを感じている状態から脱する方法として、休憩時にタバコを吸うのは効果的なんじゃないか、と思ったことでした。頭を切り替えたりするためにコーヒーブレイクを取ることがありますよね。それよりもタバコのほうがいいんじゃないかと思ったんです。僕にとって「サラリーマンとして生きること」は本当に折り合いをつけるのが難しいことだったので、この一時逃避の時間を充実させることは本当に重要だったんです。

 

じゃあもう常習状態じゃないかって?いいえ、僕がタバコに求めていたのは「ニコチンがもたらす快感」ではなく、現実逃避できる効果的な「シチュエーション」です。これがOccasional Smokerたる所以なわけです。自宅にいたり週末の休みのときは「タバコを吸うシチュエーション」じゃないから吸わないんです。

 

だったらタバコじゃなくてもいいんじゃない?と言う方。それはそうなんですが、「紫煙をくゆらす」という方法によって「3分だけ頭を空にする」ことは僕には可能でしたが、ガムやキャンディーやコーヒーでは切り替えがうまくいかなかったんです。だからタバコを吸ってみたし、それがうまくいったのでタバコを手段にした。そういうことなんです。

 

いいえ、常習してませんてばw 自分から喫煙や禁煙の話題を持ち出した挙句嘘ついても意味ないでしょ。これまでだってずっと「吸った」「吸っていた」という風に過去形で書いてきたでしょ?実際僕はもうOccasional Smokerですらないんですから。

 

僕が脳の初期化のために平日一日4本のタバコを吸っていたのは425日までのことです。それ以降1本も口にしてはいませんよ。何故って、僕にとって大事だったはずの「現実逃避できるシチュエーション」が、僕の中ではもう無用なものになったからです。「14本でもやっぱ健康に悪いじゃん」というデメリットへの自覚が、「休憩中にタバコを吸って頭を空っぽにするメリット」に勝ったからです。

 

きっかけは今年の年初から4月までの自分の健康状態が普通じゃなかったからです。風邪のような症状が12週間おきにぶり返し続けた上、4月中旬に本物の風邪を引き、38.6度まで熱が出ました。こんな高熱、23歳のインフルの時以来でした。喫煙との因果関係はゼロですが、この間顎関節症になったりもしました。

 

426日から有休をとって妻と旅行をしようとしていた僕は、そうした大事な楽しみが自ら招いた不健康さによって奪われることのバカバカしさを自分事としてとらえ、「タバコ(シチュエーション)のメリットなんか要らない」と心底思いました。

 

自分が最高の価値を置く楽しみと仕事中の現実逃避のためのタバコ。優先する方がどっちなのかは自明でした。そこで、425日をもってタバコを吸うのを止めたのです。なお、Occasional Smokerですから禁断症状はありません。もしあったら、それはその定義からずれています。

 

というわけで、前回のエントリーと同じようなことを言いますが、タバコは止められます。そのデメリットが自覚できたならいつでも。たかが2週間の禁断症状の辛さなんて、その後の人生を健康に送れる可能性を引きあげられることのメリットを考えたら屁でもないはずです。

 

なのに、理屈ではわかっていても禁煙できないということは、離脱症状に容易に負けるだけの自覚しかないってことです。肺癌の画像を何回見せられたところで他人事のうちは他人事です。「あなたの自覚」はあなた自身が形成するしかないのです。

 

そうそう、結果的に僕の風邪のような症状は恐らく花粉症だとわかりました。東南部への旅行に行っている間、「いつもの不快症状」が全く出なかったのに、カリフォルニアに戻ったらすぐに復活したことで確信したんです。東南部には存在しなかったけれど、今年カリフォルニアで大量に、かつ長期に咲いている花が存在します。次回はそいつの正体を晒しましょう(まだアメリカ東南部の話に行かないという…)。

喫煙のデメリットが「自分事」になったなら

12年ほど前に大きな手術を受けたのですが、その2週間ほど前に禁煙したんですよ。それまでに1回あたり18時間くらいの禁煙には100回くらい成功していたベテラン禁煙者だったんですが、24時間以上は経験がなかったんです。

 

だけどある日、「術後に痰が絡んだとき、それを出すことは術後の痛みから大変困難です。うまく出せない場合は呼吸できずに最悪死にます。今からタバコを止めておかないと痰が絡んで死ぬ可能性が高まりますよ」って主治医に言われたんです。

 

「手術には成功したものの、医師の指示を聞かずに喫煙を続けた結果、痰がからんで死んだ」というバカバカしい結末を迎える可能性が急に具体的になり、手術の2週間前に喫煙のメリットより禁煙のメリットの方があることをはっきり自覚しました。

 

こうして禁煙が始まりましたが、ガキの頃から手を出した末、20代からはずっとコンスタントに12025本を吸ってきたバリバリのニコチン中毒者の僕ですから離脱症状もひどかったですね。視界に靄(もや)がかかるんですよ。しきりにあくびが出てとにかく眠い。そしてタバコのことしか考えられない。

 

でも、そんな状態が10日くらい続いたあと結構平気になってきて、そのまま手術になだれ込んで1週間入院して出てきたら、もうニコチンの奴隷ではなくなっていました。

 

そうです。禁煙の方法はいくらでもありますけど、本当に禁煙しようと思えば器具や薬に頼らなくても辞められますよ。「本当に禁煙しようとしている」のに吸ってしまうのは、それは結局「本気じゃない」ってことですが、逆に「真に本気になる」ということは、喫煙のデメリットが自分事として強く認識できたとうことなんですよね。

 

元バリバリの常習喫煙者ですからニコチンの魔力は知っています。簡単に止められた少数のエリートたちを禍々しく思うほどでした。僕などは「この最後の1本を吸ったら終わりだ。キリがいいし」とか言ってその「最後の1本」を吸うものの、すぐに我慢できなくて「これが最後の一箱だ」ってまた買ってしまうんです。

 

「あと1本で止める!」っていう誓いがいとも簡単に「20本吸ってから止める」いう誓いに後退しています。そして19本吸った時点でまた「この一本で最後だ」のシーンに戻るわけですが、この物語は結局延々と繰り返され、終わりを迎えられないわけです。

 

場合によっては、あるタイミングから「別に違法じゃねーし」とか「別に自分の稼ぎで買って吸ってるんだし」とか「俺が健康を害したからって誰にも迷惑かけてねーし」とか、まあタバコを吸ってしまう自分を正当化する100万の言い訳で自分の意志の弱さを糊塗します。別に誰からも責められていないのに誰に何を言い訳してるのやらw。

 

まあ、言い訳の中でも論理的に完璧なものは「タバコを吸っていたからって癌(などの疾患)になるとは限らないし、非喫煙者でも癌になることはある」ってやつですね。実際その通りですから。でも、だったら言い訳しないで吸えばいいだけなんですよね。禁煙しようとして失敗した人がこれを言うのはちょっとみっともないかもしれません。

 

まあ、離脱症状の不快さから逃げること(つまりタバコを吸ってしまうわけですが)の難しさは想像を絶するってことなんですよ。たとえば「慢性閉塞性肺疾患のために鼻に管を入れて酸素を補いながらトボトボ歩いている自分を想像してみてください」などと言われたところで、殆どの喫煙者はタバコを止められません。そうなってから初めて「止めておけばよかった」と悔いるんです。離脱症状ってそれほど凄いんですよ。

慢性疾患

 Yahoo Newsからとった画像です

離脱症状に負けてタバコを吸うことで失うもの。それがシャレにならないほど大きいことを心から自覚して本気になった人だけが禁煙できます。あなたが愛する全ての人、モノ、趣味などをあえて早期に失うような行為が喫煙です。心からそう思い、愛する者との別れなどを想像して震え上がれたなら、その時あなたの禁煙はきっと成功するはずです。

カリフォルニアの喫煙者

なんだよ。アメリカ東南部の話じゃないのかよ、とお怒りの諸兄。まあ、どんな話から先にするかくらい、自由でいいじゃないですか。

 

さて。アメリカに住みたい方、タバコ吸います? アメリカに来ても、吸います? だとすると、経済的にいって、カリフォルニアは最悪の場所ですね。吸うところはあるんですよ。商業地域にもオフィス街にも必ず指定場所がありますから。

でもね、高いんですよ。どんなに安いタバコでも、かつ最も安く売っている販売店でも、1箱$6.50700円強)からスタートですね。毎日1箱吸う人、タバコ代だけで毎月21000円払うの、痛いですよ。

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 マルボロが850円。買います?

喫煙するなら東南部がおススメです。安いです。昨年はフロリダで、今年はサウスカロライナとかバージニアとかで確認したことですが、カリフォルニアで700円のものが300円から売っていましたから。しかも、路上で吸うのもOKのようだし(多くが歩きながら吸っていました)、車の中でもガンガン吸ってるし(禁煙レンタカーでさえものによってはタバコ臭がします)。

 

とはいえ、日本人が住むなら圧倒的に西海岸(か東海岸北部、つまりはニューヨーク)ですよね。そもそも他の地域では仕事を見つけるのが大変ですから。

 

でも、カリフォルニアの家賃の高さは知ってますよね。僕が渡米前に買った家は日本で言うところの60平米の1LDKで、これを2016年暮れから賃貸に出しているんですが、今の家賃は1680ドル(約185000円)ですよ。これでも地域で一番安く貸しているくらいなんですよ。

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 2012年8月、1ドル80円の時に16万ドル(1400万円)で買った家

サンフランシスコなんかとんでもないですよ。最新のニュースでは、「2 Beds 2 Baths(※)」の賃貸料の常識的な額が34万円くらいになっているそうです。

 

  ※日本の2LDKに近いが、正確には「リビングダイニングキッチン、
   2つのベッドルーム、そして2つのトイレ&バスがある家」という意味

 

そんな「2-2の間取り」を借りることが多いのが4人家族ですが、サンフランシスコで4人家族が普通に暮らすには、世帯年収1千万円ではもう無理だそうです。例えば、旦那さん600万円、奥さん400万円の年収では普通に生きていけというのです。この生活コストの高さはニューヨークを上回り全米一だそうで、もう狂気の沙汰です。

 

ということで、カリフォルニアで喫煙者をやるのは結構ハードですよ。え?俄かに禁煙したくなった?では次回くらいに禁煙方法とかを書いてみます。私も筋金入りの喫煙者だったので。アメリカ東南部の話はまた追って。

これからしばらく、記事を山ほどアップしていきます

どうも。お久しぶりです。

今日から急に多作になることを予告します。書き溜めていたものを徐々に放出していくことにしたからです。何故書き溜めていたかと言えば、それは忙しい中で何かを書きかけてはそれを放置するということを繰り返していたからです。

 

何故今これを放出するかと言えば、山ほど溜まった書きかけの断片を仕上げる時間が出来、かつ仕上げる意欲が続いたからに他なりません。いくら忙しくても、その気になればブログ記事の一本や二本、いや、五本や六本書けないわけがありません(実際は十数本…)。

 

この「これから山ほどアップする記事」において、取り上げたテーマは様々ありましたが、今日はその一つに軽く触れておきたいと思います。

 

実は、427日から54日までアメリカ南東部の旅に妻と行ってきました。目的はまだ訪問したことのない州に行き、有名な観光スポットを観、個人的に関心がある地域や道路を走るといういつもの軽いものでした。

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ワシントンD.C. リンカーン記念堂

 

ところが、ジョージア、サウスカロライナ、ノースカロライナ、バージニア、メリーランド、デラウェア、ペンシルベニア、ウェストバージニアの8州とワシントンD.C.を巡ったこの旅は、当初思ってもいなかった旅になりました。

 

この旅で、アメリカ東南部という地域の特性やその歴史に関して、今までにない洞察を迫られたのです。そのきっかけは道中幾度となく見かけた(バプテスト)教会でした。「なんでこんなに(バプテスト)教会が多いの?」という疑問への答えは、僕が持っていたアメリカ東南部に関する浅い知識の中には存在していませんでした。そして、本当に異常といえるほど教会が多かったので、「すぐにこの疑問を解決したい!」と思わないではいられませんでした。

 

こんな思いから、僕は清教徒革命のころのアメリカから調べ直すこととし、結果的にこの地域の内情も少し深く知ることになったのです。だから僕は、この旅に関して二つのテーマでブログ記事を書くつもりです(実際にはもう書き終わっていますが)。一つはお気楽な旅行記で、もう一つは東南部の歴史や特性への考察です。

 

かつての僕ならば、たとえばウェストバージニアに行ったことに関連付けてジョン・デンバーの歌った「カントリーロード」を引き合いに出したでしょう。いや、今回もそれはします。するけれども、もう「いい歌だ。いい歌詞だ」というお気楽な感想だけで済ますことは出来ないのです。


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 山深いウェストバージニア。本当に「殆ど天国」といえる場所なのか…。

それは、ジョンが「Almost heaven(もう天国のようだ)」と歌ったウェストバージニアが、そしてアパラチア山脈一帯の州が、決して天国ではないことを知ったからです。現代ではやや信じられない事実や、または存在すべきと思えない事実がそこにはあったからです。「聞いてはいたけれど、まさかここまでとは…」という驚き。あれです。

 

勿論僕はそんな「偏見」を持って旅に行ったのではありません。むしろ無邪気に、ストレス発散だけを目的にしていたのです。でも、カリフォルニアの「暗部」がパームツリーと太陽のイメージで糊塗されるように、日本が「おもてなしの国」の顔を表に持ちながら、そこには世界的にも特異な同調圧力と排他性があるように、アパラチア諸州にも牧歌的なイメージとは裏腹な、浅い知識では伺い知ることが出来なかったネガティブな側面もあったのです。

 

そういった深そうな話も阿保っぽい話も含め、これから猛然と記事を載せていきます。

2018年年末。アメリカは面倒くさい!という雑感

もう今年も終わる。平均3、4か月に一回しか更新できていないので、昨年の今頃書いたエントリーがやたら最近のことのように思える。

今年は2016年にサラリーマンになってから感じていたアメリカでの生活に関する不満を一旦断ち切ることに成功したため、なんとか精神的には明るめに生きてこれた。

ただ、今年はめんどくさい事象が色々起きた年として記憶される気がする。前回のエントリーで書いたようなことが今年後半に集中して起きたが、まだ面倒くさいことは続いているから。アメリカで家を買って住む計画がある方、今日のエントリーは結構勉強になりますぜ。

 ***

アメリカのローン会社はローン債権の売買を繰り返すので、僕が持っている二つのローン会社がこの1年で2回変わった。日本で言えば、三井住友でローンを組んだはずなのに、いきなり三菱東京がそのローン債権を買い取り、かと思ったらいつの間にか新生銀行がそのローン債権を買っていた、みたいな話だ。

その最新のローン会社が、11月になって家の保険料の免責額が高すぎるみたいなことを言ってきた。ごく簡単にこの辺の仕組から説明しておきたい。

家に問題が起きても保険が適用されることで借主は金銭的負担を免れる。ローン会社も安心だ。だからローンを組むときに家の保険に入るのはマスト。このとき、仮に5000ドルまでの被害なら保険会社は保険を適用しない契約を結ぶと、5000ドルまでの損害は借主が自腹を切ることになる(代わりに保険料が少し安くなる)。これが免責額だ。免責額が高いとローン会社は不安になる。よって今のローン会社が、「免責額を(ローン残高に対して)適正値(があるらしい)に落とせ。保険会社にその旨伝えよ」、と言ってきたのだ。

今なら若干仕組みはわかっているが、最初その指示が書かれた手紙を読んだ時、全く意味が分からなかった。そもそも最初のローン会社も2つ目のローン会社も何も言ってきていない。とにかく保険会社(の代理店)にその手紙の内容を伝えた結果、免責額は適正値内にあることがわかった。なんなんだよ。

これで一件落着かと思ったら、今度は保険会社から「保険料が払われていない」との手紙を受け取った。いや、絶対払ってる。何故なら、一般的にアメリカでローンを組むと、返済額、保険料、固定資産税を毎月ローン会社に支払うようになっているからだ(ローン会社を通じて税金とかは支払われる仕組み)。そこで今度は保険代理店の方に問い合わせ、やっぱりきっちり払っていることを確認した。なんだったんだよ。

などと言いつつ、まだ話は終わっていなかった。

僕はローンを二個持っている。一つはアメリカに来る前に買った家(A)を抵当に入れて借りたお金。もう一個は今住んでいる家(B)のローン。約2年前に書いたエントリーで説明したが、Aを担保に入れて借りたお金は、今住んでいる家Bを購入する時の頭金を捻出するために借りたわけだ。

さて、「保険料が払われていない」という保険会社からの手紙は家Aの保険の話だった。そしてその手紙は11月下旬に家Aに届いた。そして、Aに住んでいる店子から連絡を受けて僕がそれを確認したのが10日前。で、「おいおい」と思いながら保険代理店に連絡したとき、一緒に手紙の確認が遅れた理由も説明すると、「そうだとすると、保険証の書き換えが必要だ。保険は家主が住んでいる条件で書かれている。店子が住んでいるならその主旨に書き換える必要がある」と代理店は言ってきた。

「そうですか、ではそのようにして下さい」 

もう「めんどくさいの極致」にいた僕はそれしか言わなかったが、次に来たメールには「どうせなら保険会社を変更してみるのはどう?保険料は安くなるしA評価の会社だよ」だと。代理店として保険の変更を進めるのは当然何かのメリットがあるんだろうけど、、、、

もうめんどくさいんだよ!
仕事が無茶苦茶忙しい中で心の均衡をなんとか保ってるんだよ!
訳の分からない仕組みだか都合だか営業意欲とかで家にいる貴重な時間を使わせんじゃねぇよ!
そもそも「A評価」のはずの保険会社、ネットでの評判最悪じゃねぇか!!

と、毎日家に帰ると語気強めで毒づいているこのところの僕であります。

しかもですね、僕、この齢にしてこないだ強烈なアレルギー性鼻炎のデビューを果たしたんですよ。。。

12月に入ってこれまで経験のない症状を経験。くしゃみ10連発は当たり前。ツツーと流れ出る鼻水、のどの痛みやイガイガ感。頭痛、倦怠感。。。症状からこの年でアレルギー性鼻炎のデビューをしたのは確実。今年感じた体調の悪さのうち、明らかに風邪だったとは言えないものについてはアレルギー性鼻炎の症状が軽めに出ていたんだろうと思う。これからこいつと付き合っていくのか。。。面倒だ。

そう、面倒なんだよ。アメリカ。
訳わかんないんだよ、アメリカ。
それでも住み続けるのか、アメリカ。
まあ、まだ住んどいてやるよ、アメリカ。。。

では皆さん、よいお年を。

アメリカ故に倍加する面倒くささ

皆さん、お元気ですか?

僕は、前回のエントリーで書いたように4月にフロリダに行ったり、7月にはYellow Stone - Grand Teton国立公園に行ってきたり、普段の土日も大体500kmくらいのドライブ(サンディエゴ方面が多いかな)を楽しんでいたりと、かつてのように心が揺れることもそんなになく日常を送れている。

そういえば前回触れなかったのだけど、フロリダは自分史上初めて訪問した州なのであって、2007年に(陸続きの)アメリカ48州のうち33州まで制覇してから苦節11年、ようやく34州目を開拓できた。来年は是非メイン州などの東海岸北部に行きたいと願っている。

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フロリダ西岸のクリアウォーターという町のビーチ
 

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お馴染みアメリカ最南端の記念碑?

それとイエローストーン。ここはワイオミングとかアイダホとか既に行ったことのある州にまたがる公園なのだが、やたらに行くのが不便な国立公園なため、初めてアメリカドライブ旅行を行った2002年以降ずっと保留にしていた場所だった。そのイエローストーン。勿論興味深い公園だったけど、それよりGrand Tetonの方が個人的には思い出深かった。何しろ風景が素晴らしかった。


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”天然温泉”(何故か間欠泉の写真がなかった。あんなに撮ったのに…)

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Grand Teton。この景色にはやられた。。。

 ***

こんな感じで中二病的自分探しにともなう苦悩を一旦終えて以降、僕の精神状態はまあ安定しているものの、この3か月、つい先日まで、全然別件で僕は参っていた。やたら面倒で鬱陶しいことが繰り返し起こって、マジにかんしゃくを起こしたくなるほどだった。それらの面倒くささは日本にいても起こりうることだけれど、恐らくその大半は「アメリカであるが故に倍加するもの」だ。

 

そもそもこの3か月の間に3回も風邪をひいた。胃に来たり腹に来たりしたうえ、これはいつものことだが寒気が凄い(僕は平熱が低いのでいつも寒がっているし、風邪の時の寒気は半端ない)。しかも8月下旬のある日、血尿が出た。慌てて検査をしたが異常なしで、どうやら薬、サプリ、食べ物がたまたま尿を赤くしたと判明し、事なきを得た。

 

この話における「アメリカ倍加ファクター」はオフィスの寒さだ。いつも設定が22℃くらいになっていて部屋単位での調整が許されない。ただでさえ普段から寒くて仕方がないのに、風邪をひくと地獄になる。なので、僕はオフィスで長袖4枚を着ている。南カリフォルニアで。信じられます?

 

勿論問題はそれだけではなかった。そんな体調の中、9月上旬にネットにトラブルが発生した。いきなり接続が切れ、長時間切れたままになるのだが、それが3日に一回の頻度で起こった。完全に直ったのは10月上旬だったから、4週間以上ネットが不安定なままだったが、勿論その間僕が手をこまねいていたわけではない。AT&Tには3回連絡しているし、直るまで検査があり、ルーター交換をし、最後には工事も行われた。

 

この件での「アメリカ倍加ファクター」はトラブルシュートのために相談するのに大変な時間や手間ががかかることだ。日本のようにメールは受け付けないし、電話番号は探しにくいし、つながりにくいし、ようやくかかっても自動音声が最初に対応してくる。しかも、もはやAT&Tは「要件ごとに何番を押せ」といった自動案内じゃなく、トラブルシュート自体をAIにさせようとしてきた。

 

「ドノヨウナ症状デスカ?」

「ネットの接続が切れた」

「カタカタカタ(キーボードを叩く音)」

「イツカラ始マリマシタカ?」

「1時間くらい前」

「カタカタカタ」

「ルーターノ接続ハ…」


「おいAI!お前が直すのかよ!」 途中でそう気づいた僕は「I need a human!」と叫んだ。すると、ほどなく人間が出てきた。皆さんもいつまでもAIに付き合う気がないときは「人間出せや!」と叫ぶことだ。

 

勿論問題はこれだけではなかった。今月上旬の日曜日。外出しようとして車に乗ろうとしたとき、ガレージの壁と床の境目から水が漏れだしているのを発見。どういう類の水漏れだか特定できず、何しろ「工事の人」をすぐに予約(受付は365日24時間対応する会社)。翌月曜朝工事の人が来て、壁に20㎝四方ほどの穴をあけ水漏れの状況を確認するも、「原因がわからんので、どこから漏れているのかの調査を誰かにしてもらって」と言って彼は帰っていった。


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壁を切り取られた時点でなお原因不明だった水漏れの様子


「いや、誰に頼めばいいんだよ。お宅の会社に調査部隊はいないのか?だれか推薦するとかないのか?」と思いながら、この案件は我家が属するコミュニティの管理会社に相談すべきと考えなおし、連絡を入れ、水曜朝に調査を実施してもらった結果、お隣さんのウオーターヒーターの水漏れが原因と判明。お隣さんに直ちに漏れを止めてもらい、かつ壁の原状回復工事を土曜にしてもらった。

 

この問題での「アメリカ倍加ファクター」は工事の人、ではない(いや、彼を挙げてもいいけど)。ウォーターヒーターそれ自体だ。日本のような瞬間湯沸かし器が普及していないアメリカでは、タンクにお湯を溜め、保温しておくウォーターヒーターが主流。そしてこのタンク、経年劣化等で容易に水漏れを起こす。そしてそれに気付くのが遅れると、また漏れた場所が2階とかだと、階下の損害が尋常でなくなることがある。僕の会社の同僚にも被害者がいるし、実を言えば僕自身、家のウォーターヒーターの水漏れを去年経験している(すぐに発見して交換したけど)。

 

勿論、問題はこれだけではなかった。6日前のことだ。4年くらい前にアメリカで入れた差し歯が取れた。この差し歯は5月くらいだったか、なんか固いものを噛んだら「バキッ」と音がして、そこから少しずつグラグラいいだしていたのだが、とうとう取れた。歯科医は、差し歯の接着用に残してある自分の歯が欠けていて緩んだのだと説明した。ははん。「バキ」はそれだったか。でもそのとき食べてたのはコウナゴ。固いもんじゃなかったんだけどなあ。

 

あ、勿論問題はこれだけではなかった。4日前のことだ。4年くらい前にアメリカで治した歯が取れた。差し歯だった。いや、これは前述のものとは違う差し歯なの。それがいきなり取れたの。2日で二本差し歯が取れたの。先週金曜にはめ直しに行ったけれど、「時間の問題でまた取れるよ」と歯科医に宣告された。そうなると、入れ歯かインプラントの二択しかないとも言われた。

 

この問題での「アメリカ倍加ファクター」は「工事の人も医師も、とにかくみんなアメリカ的マインドセットだ」ということだ。そもそも何でわずか4年前に入れた「高級差し歯」がコウナゴ食ってるときにバキっとなったのか。しかも何で中一日で2本の差し歯が外れたのか。そしてその差し歯を入れた歯科医が批評家みたいな言い方をしながら「次は入れ歯かインプラントか二択ですね」みたいなことをしれっと言えるのか。

 

まあ、もうそれはいいワ。とにかくこうしたことが起きて平日に対応すれば会社に遅れることになり、土日に対応すればせっかくの休みがフイになる。そして何より生活リズムが狂う。そういう面倒がたまらんのです。でもまあ下らない悩みっちゃ下らないわな、とも思ってますけどね。

フロリダとイエローストーンの旅行で感じたことや経験したことは、また別項を立てて書きたいと思います。では。

思考の転換

いつものように長いこと書かなかったが、それはいつものように仕事が忙しかったから、だけではない。実際には、忙しいとはいえ書くための時間は割けたのだが、休みの日ごとに非常にアクティブに行動してしまい、書くに書けなかったことが原因だ。

 

ただ、書くべきことは色々あった。まず最も重要なことは、僕の心の持ち方に関し、根本的な変化があったことだ。何度も書いてきたことだが、「渡米時の理想とは程遠く、今サラリーマンの境遇にあること」に関して様々な負の思考を抱いていたが、これを捨て去ることができた。別に無理やり負の思考をやめ、強引に思い込みを断ち切ったのではなく、本当に思考法を根本的に、素直に変えることが出来たのだ。これは後にまた触れてみたい。

 

次の要因は、今年に入ってからも忙しい日々は続いているものの、家で仕事をすることは極力やめることにしたことだ(このような「転換」も、実際は思考の変化によるものだ)。そのため休みの日は積極的に活動することとなり、ブログ執筆から遠のいた。

 

たとえば4月後半から5月の頭にかけて5連休を取り、妻と飛行機でフロリダに行き、レンタカーでエバーグレーズ国立公園やら内房の海岸やら外房の海岸(要は大西洋)やらキーウエストに行き、泳ぎ、うまいものを食べてきた。

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キーウエスト。国道1号の南端。
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セブンマイルブリッジ

先日も3連休があったが、大好きな砂漠に行き、しかもまだ見たことのないエリアをあえて訪問するなど、肉体的に疲労すること甚だしいレベルで遊んできた。結果的にゆっくりブログ記事を書く時間などはなくなってしまったわけだが、今これを書いている時間はどうやって捻出しているかについてはあえて言わないでおきたい。

 

さて、なんで思考法が変化したか。実は、あれは2月末ごろだったか、自分が最も価値を置いていることは何なのかについて、真剣に考える機会を得たのだ。

 

そしたら、自分の人生においての最大の価値は「妻と共に< 楽しく >生きること」であることがはっきり認識できた。これを失った場合、例えば妻が死んだ場合、僕にとってアメリカで生活することも旅行に行くことも、殆ど価値を持たないことに気づいてしまったのだ。読者諸兄には申し訳ないが、長く人生を共にしてきた妻との生活が最重要価値であったというのはあまりにも真実過ぎて、もはやここに明言しても照れる気にさえなれない。

 

もう一つ、僕は自分の職業人としての価値に気づいてしまった。この数年の「修行」で、僕は日本時代には持っていなかった経験とスキルを得てしまった。しかも同じような経験やスキルを持つ人は、ほかに探してもなかなかいないことがわかってしまった。

 

日米に限らず、世界の取引相手と色々なジャンルの契約を取り交わす過程で、僕は日本語はおろか英語の契約書を20ページでも書けるレベルまで到達した(アメリカの契約書は分量と細かさが半端ではない)。先方と交渉し、アメリカ人の弁護士と毎日話し合っていれば当然と言えば当然だろうけど。

勿論日本で法務や人事として経験を培ってきたから日本の法律知識はあるし、日本の子会社の人事と法務もこのアメリカの地で統括する僕は、今でも日本企業との契約を見、作り、法律改正などに対応したり部下に指示を出す立場にある。更に、日本でのサラリーマン経験、渡米後に個人事業主をやった経験、そして現在の修行環境の中で、経営/事業計画もさっさと作れるようになった。

 

この経歴を知った転職エージェントによれば(僕は2月に、急に思い立って「エグゼクティブ専用」とうたう転職エージェンシーに登録してみた)、どうやら僕は食うに困らないらしいのだ。アメリカの日系企業で今の年収レベルを維持して転職先を探すのはそう簡単ではないが、日本でなら、まず食いっぱぐれはあり得ないようだ。日米ともに好景気で、50代の人間も十分戦力として見てもらえる中、少なくとも日本で食いっぱぐれはないとなると、心の余裕が違う。

 

「この会社を辞めることになったら、もしくはどうしても辞めたくなったらどうしようか。せっかく安定したのに。アメリカに居続けたいのに…」というのがかなりの精神的不安要素だったが、僕が過労で倒れるとか、そこまではいかなくとも妻との生活が忙しさで犠牲になってしまうような毎日をアメリカで送るくらいなら、別に無理してアメリカにいる必要はない。そう気づいた。そして「忙しさを嘆きながらアメリカ生活を維持する」という、意味の分からない自主的奴隷的思考から僕は解放された。

 

なので、ここ数か月、僕はもはや社長の評価などは気にならなくなり、自分のできることをできる範囲の中で一生懸命やっている。これに社長が万一不満だったら、「それはそれでいいワ。他に行くワ」と今や素直に思うことができる。アメリカに来て6年弱。サラリーマンに転向して2.5年にして、初めて気持ちよく開き直ることが出来ているわけだ。

 

くどいようだが「最重要の価値」は妻だった。妻といないアメリカに価値はない。妻と行かない旅行にも価値はない。妻との生活を形だけ維持して残業や休日出勤に明け暮れるアメリカ生活に意味はなく、そのような生活を強いられるならさっさと違う職場(そこが日本であれ)に僕は行けると知った。僕の思考が根本的に変化し、しかも腹に落ちている理由は、僕にとって最も大事な価値の再認識とともに、生きていくための仕事を、妻との人生を犠牲にしないでやれるということの確信に基づく。


笑ってしまうことに、プレッシャーをかけてきたのは自分自身だった。別にこれまでだって社長から何か言われたきたわけではない。週末に仕事をしたのも、何にでも責任を感じていたのも自分自身の性格からだ。そんなことを続けて、妻との生活を犠牲にしてどうする?アメリカにいてどうする?そう思っても開き直れなかった僕だったが、でももう過剰な自己犠牲は止めた。止めることができた。価値の再確認のおかげだ。そしてこの2年半の修行のおかげだ。良かった。気付けて。

あ、書くの忘れてた。以前から書いてきていた「サラリーマンをいずれ辞める計画」だけど、別にそれ自体は捨てていないので。妻と楽しく平和に生活しながら自分のやりたい方法で稼ぐ。これが最高の理想像なのは不変です。

年末に思う

アメリカは23~25日が「土日クリスマス」の3連休である。金曜時点で会社があるビルの駐車場はスカスカで、この時点で多くの人がもう年末休暇モードに入っていることがわかった。あ、珍しいでしょ?十日を置かずに僕がブログを更新するなんて(笑)。

 

実は今日は朝5時に起きて東京に行く妻をLAXまで送っていった。LAXに行くのに使ったインターステート405号線はクリスマスイブの早朝ということで流石に空いていたし、LAXで妻を降ろすときも空港(トムブラッドレー)の利用航空会社の入り口前に簡単に車を停められたけれど、それから少し時間が経てばLA脱出組と観光組でLAXはごった返し、405も混むんだろうと思う。

 

さて、かく言う僕も、実は明日東京に向かう。夫婦で(妻の)両親に顔見せするのは久方ぶりで、この帰国の目的の99%は「高齢の両親に対する親不孝状態の一時的解除」にある。で、このブログは日本の友人知人、兄弟姉妹、親戚縁者が読んでいる可能性があるので申し上げておくが、正月の家族団欒と東京の自宅の修繕やら何やら高齢の親が普段出来ないことをしてあげることが本帰省の目的であるため、皆さんにお会いできる時間を確保することは事実上できない。そのため、事前にこの帰省をお知らせすることはあえてしなかった、ということをご理解頂ければ幸いだ。

 

 ***

 

2017年が間もなく終わる。サラリーマンに戻って丸2年。「忙しい忙しい」とほぼ毎日言っていた2年間だった。そしてこの1年は、自己決定権に基づき自らを自らが御する人生を求めてアメリカに来たのに、結局サラリーマンに戻った自分の人生に大いなる疑問を持った年だった。そして疑問を持ったまま人生を終えないために、自己決定権に基づく人生の再構築を誓った1年だった。

 

愛してやまないOCに住めているこの状況を捨てる気は全くなく、今後とも「サラリーマン脱出計画」はこの地で、かつ生活の糧を維持するためにサラリーマンを継続する中で遂行されていくことになる。その際、唯一最大の敵は自分自身だ。とにかく忙しさと経済的安定を失うことへの恐れ(による現状への妥協)という自分の中に住む2大抵抗勢力に勝てるかどうか。それがこの計画を徐々にでも着実に進めるための鍵だ。計画を進める意思と実行、それなくば、僕はずっとサラリーマンでいるしかない。しかしサラリーマンとしてずっとOCに住んでいられていても、やはりそれは100%の本意ではない。いつやるの?今でしょ。流石にもう古いか。。。

 

 ***

 

おっと、生活手段がサラリーマンであることに何ら問題ない人にも申し上げたい。それはそれで全く構わないし、実際そういう人がこっちでも圧倒的多数派だ。起業して生計を立てている人なんて少数派だし、それで経済的に安定している人は更に少なくなる。僕はまさにその少数派として3年暮らし、多数派として2年をこの地で過ごしたけれど、あなたがアメリカでの生活と自己決定権とを強く結びつけている僕のような人間でなければ、是非サラリーマンとして生きるための計画を練り、実行してください。今アメリカは、ことにカリフォルニアは本当に好景気。日系企業も含め、雇用環境は良好。そして前回のエントリーで、そしてこのブログで何度となく書いたように素晴らしい住環境がここにはある。僕が愛してやまない荒涼たる砂漠を貫く一本道も。


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A desert road from Veags to nowhere (2017年4月8日)

だから、アメリカで暮らすことに興味があってこのブログを読んだあなた。その思いが本気かどうか自問自答し、本気だと結論が出ているなら、是非実行を。人生は一度。失敗込みで人生。そう思える人は実行を。「やらなかった人生」を後から悔やむより、やって失敗した方が恐らくマシと思え、かつ「やって失敗」という結果が出た時に、その事実を自ら引き受ける覚悟があるなら実行を。宝くじは買わなきゃ絶対損しないけれど、当たることも絶対ない。それを踏まえ、当たるために少々の損を覚悟できるのなら実行を。


来年はどんな1年になるかな。いや、どんな1年になるかは、僕次第か。 

それでは皆さん、良いお年を。

アメリカで車を運転するということ

既に昨年から円安の傾向は顕著であり、輸入代行業からの業態転換などをしなければ早晩立ちいかなくなることは自覚していて、生きていくためにどのようなことをすべきかずっと模索を続けてきたが、ここしばらくずっと1ドル121円台が続きいよいよ待ったなしの状況になってきた。だからブログなどのんきに書いている暇はないのだが、配送会社の集荷員氏を待つ間、ちょっと現実逃避をしようとこの文章を書いている。

 

アメリカに住んで2年半、僕はアメリカでの運転の怖さを本当に実感している。住んでいる地域にもよるのだろうが、アメリカ人の運転が信用できないのである。交通量が多い南カリフォルニアはただでさえ危険が多いのに、彼らは飛ばす。支線から本線への合流も1キロ間隔であるのに、彼らは飛ばす。うまいと思っているのかいい気になっているのか知らないがはた迷惑である。

 

運転中のメールは高額の罰金が科されるのに平気でやっている。無保険車両は違法なのにそうする者も少なくなく、こういう人に車をぶつけられたり怪我を負わされたすることが少なからず発生するため、保険には「相手が無保険の場合」というオプションがある(ちなみに日本のような自賠責保険の仕組みはない)。当然このオプションをつければ保険料は更に高額になるが無保険の者はそもそも資産がないので、ぶつけられ損で泣き寝入りをしないためには加入せざるを得ない。本当にはた迷惑である。

 

アメリカに旅人として訪れていたころの僕は、このようなことを考えたことはなかった。日中の空いている時間に、田舎道を快適にドライブすることが多く、都市部のラッシュ時や夜に走る際の危険性をそこまで感じる機会がなかったからだ。

 

むしろ自分の運転が気になってしょうがなかった。初めてレンタカーを借りた2002年には、以下のような「苦難」があった

 

 1)運転中どこを走っているかの感覚がつかめず、車線の右側にどんどん
   ずれていってしまう。


 2)ワイパーとウィンカーのレバーの取り付け位置の違いに慣れず、方向を
   示すつもりでウインカーを作動させてしまうことが数十回あった。


 3)左折した際、対向車線に入ってしまうことが数回あった。

 

恐ろしいのは3)で、左折が小回り、右折が大回りである日本の感覚のまま左折すると、漏れなく対向車線に入ってしまう。「クレイジー!」という顔で見られることの恥ずかしさなどどうでもいい。これは事故につながる可能性が非常に高い最悪のミスなのであって、乾いた砂漠の真ん中でワイパーをジャリジャリと回してしまう間抜けなミスとは次元が違うからだ。

 

実際日本での「右ハンドル左側通行」への慣れは厄介だ。2006年、既に5回目のドライブ旅行でのことだが、僕はユタ州のGreen Riverという小さな町で対向車線を逆走してしまった。夕方、サンドイッチでも買おうかと、人気のないメインストリートをスーパーはないかときょろきょろしながらゆっくり走っていたのだが、この時見事に対向車線を走っていたのだ。

 

結局長さ500mほどのメインストリートの端まで来てしまった時に警察に停止を命じられたのだが、同乗した妻も僕も指摘を受けるまで対向車線を逆走していたことに全く気づかなかった。警察官は日本からの不慣れな旅行者ということで大目に見てくれたが、5回目のドライブ旅行でもまだこんなミスを誘発してしまう「慣れ」の恐ろしさを再確認させられた事件だった。

 

こんな経験から自分の運転に対して全く過信しなくなった僕は、「セレブ」を怪我させたり数千万の車にぶつけたりしないようアメリカ移住後一層慎重に運転するようになった。だから都市部を無謀に飛ばしたりメールをしながら運転するなどの馬鹿な真似は1ミリも発想することはない。しかし残念ながら、いくら自分が気を付けても「馬鹿」は周りに結構いて、いつ巻き込まれるかわかったものではないのだ。

 

これからアメリカに住む方。是非満喫してほしいが、自分の運転への過信と相手の運転への過剰な信頼はどちらも危険だ。レンタカーでドライブ旅行を計画中の方。日本での運転歴が長いほどに潜在的な事故リスクが高いことを自覚し、アメリカ、特に都市部においては超慎重に運転されたい。


それにしても今日は今年最高の抜けるような青空だ。気温も30℃を越えてきそうだ。窓から入ってくる乾いた風が心地いい。この地に住み続けるために努力と工夫を惜しまない覚悟はある。あとはそれが成就するか、だ。

2009年:心機一転カリフォルニアとネバダの旅(1)

2007年夏に転職する際、有休を使って行った走行距離11000kmのアメリカドライブ旅行。非常に充実した気持ちで転職してみると、いきなり面接時に合意した職務ではない仕事をあてがわれるは、その年の12月には胃癌が見つかるはで、2007年後半から2008年はさんざんな年になり旅行どころではなかった。

2009年に2月に再度転職したが、そこでもいろいろあった上に5月に身体を壊し、6月いっぱいで退職を余儀なくされた。もう年齢的にもサラリーマンに戻れるなどとは考えられず、内心では外国人をクライアントとする行政書士かアメリカ商品の個人輸入代行のいずれかで独立することを決意した。

辞めると決意すると病の状態は急速に改善し(しがらみを断つ気になると往々にして病は治る)、僕は7月になって2年ぶりに妻とアメリカに行くことにした。状況的に東海岸を回るような大規模な旅は出来なかった一方、病み上がりの僕が実際に行きたいと思ったのは僕が愛してやまない砂漠だったし、輸入代行の対象としてどんな商品があるか、たくさん見て回りたいという狙いもあり、今回は原点に戻ってカリフォルニアとネバダを旅することにした。

09California
全行程

2009/7/17
成田からサンフランシスコへ。到着後、宿を取っていたサンフランシスコの少し南のある町、ブリズベン(Brisbane)に行き、そこでモーテルにチェックインしようとするとパスポートを落としたことに気づく。航空会社や関係する機関などに電話しようとすると留守電が入っており、利用したユナイテッドエアに届けられていることが分かった。最悪の危機を脱し、この時ばかりは本当に安堵した。

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慌てて電話する僕(を撮る妻の余裕よ)

この日は1日サンフランシスコを観て回った。ゴールデンゲートブリッジとか、ピア39などの定番的な場所のほか、ずっと行きたかったキャンドルスティックパークに行った。ビートルズの「最後のコンサート」はここで行われ、オタクとしては行かざるをえなかった。なお、僕にはサンフランシスコは寒すぎる。素敵な街だと思うが浜風の影響が強すぎ、寒すぎる。サンフランシスコ近辺を移住候補地から除外したのは、その理由一点だった。

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CandleStick Park

7/18
まずはサンフランシスコの南側を海を見つつ進み、Googleを見てからヨセミテを横断し、最後にビショップという町まで行く予定の一日。

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サンフランシスコ ー(500㎞)→ ビショップ

この日の太平洋は霧がかかって何も見えず、早々にGoogleがあるマウンテンビュー(Mountain View)へ。休みで人は居なかったけど、かえっていろいろ自由に見れた。

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Yahooなどネット関連の会社がたくさんあるこのあたりを抜け、I-680、I-205、CA120などを使ってヨセミテへ。

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低地の砂漠から山の緑への劇的な変化はカリフォルニアの醍醐味だ。

ルート通りにヨセミテ(実はシエラネバダ山脈の一部)を観ていくとやがて下り坂になり、下りきるとそこには
モノ湖(Mono Lake)があった。色々な意味で珍しい湖なので今度機会があったらじっくり見たいと思う。

ここでUS-395に乗り100㎞ほど南進し、この日宿を取っていたビショップ(Bishop)で落ち着いた。なお、US-395はおススメだ。機会があれば走るべし。
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