アメリカという甘美な幻想

南カリフォルニアはオレンジ郡に住むオヤジです。妻共々サラリーマンでしたが、2011年にグリーンカードが当たり、アメリカへの憧れに抗しきれずに2012年10月に移住してきました。個人輸入代行やコンサルタントを生業にした後、2016年からは会社員(人事、法務など)に。移住する遥か前から積み重ねてきた様々な「アメリカ体験」も含めて文章に残すためにこのブログを書いていますが、会社員復帰以降は忙しすぎて更新は稀に。。。面目ない。

カリフォルニア

カリフォルニアの住宅事情 ‐ 4畳半があったなら

サンフランシスコはもとより他のカリフォルニアの主要地域と比較してみても、あるいは世界の大都市の比較してみても、実は東京は相当暮らしやすいということがわかります。

野菜や果物など確かに高いですし一平米当たりの家賃も安くはありませんが、東京なら風呂のないアパートは
2万円台だってあるし、風呂付でも4畳半なら4万円台からありますよね。アメリカにはそういう選択肢がないんですよ。4畳半に住むという発想自体がないから。

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2016年当時、売手側が「盛り付け」した現在の我が家のリビング。ローン残りあと27年。。。

アメリカで最も狭いフロアプランは「Studio」と言うようです。基本トイレも風呂も台所も全部含まれている仕切りの一切ない部屋のことで、日本の「押入れがない、またはごく小さな収納しかついていない一間だけのアパート」のイメージに最も近いものです。


単身で住む場合ならStudioで十分ですが、では一体何平米からStudioはスタートするのか。調べてみるとオレンジカウンティ界隈では大体190平方フィート後半から200平方フィートくらいからでした。平米で言うと18.6㎡であり、畳でいうと11.5畳となります。最小で11.5畳か。やはり広すぎません?


11.5畳のStudio、サンフランシスコだと大体18万円くらいからでしたので、面積半分なら9万円で済みます。4.5畳で計算すれば7万円くらいになります。これならなんとかなりますね。

ところがアメリカでは4.5畳の単位でアパートを作るという概念がない。でも「18万なんて払えない」という人も勿論大勢いますから、例えば3部屋ある家を3人で借りるといった「ルームシェア」が行われます。

これだと34万円の家賃を3人で分担できますので、Studio18万円払えなくともサンフランシスコで生きていけます。まあ僕はサンフランシスコもシェアすることも両方嫌ですが。


「え?3LDKになったら2LDKより高いんじゃないの?」と思われた方、実はそうでもないのです。アメリカは(いや、日本でも)、同じ地域の同じ外部環境なら、通常は部屋数ではなく広さが家賃の基準になるので、同じ家賃で2LDK3LDKも普通に存在し得るのです。


ちなみにOCですが、全域検索の結果、300平方フィート(28㎡≒17畳)のStudioで家賃13万円というのが最安値でありました。でも、エアコンもなく、洗濯機置き場もありませんでした(ちなみに、大家に黙って壁に穴をあけることは無理なので 大家に告げても無理だけど - 独自にエアコンを設置したくてもそれはできません)。


選択肢が豊富となる賃料帯は15万円くらいからで、平均的な広さは500平方フィート(46㎡≒28畳)くらいのようです。こうした「安いところ」にほぼ共通する特徴は、洗濯機が置けるスペースが部屋の中になく、その代わりに敷地内にコインランドリーがあるというものです。また、駐車スペースは青空駐車場となっているか、そもそも駐車場がないため路上駐車しかできないところもあります。


こうしたアパートがもし4.5畳単位で造られていたなら、賃料は24千円で済む計算になります。多少不便でも汚くても、安く済む選択肢があればいいのにと本当に思いますが現実にはないので、これからアメリカに来る皆さんは、賃料相場や希望する地域の治安などを事前によく調査することをお勧めします。


治安は犯罪マップなどでもわかりますが、Google Earthでその住所周辺を見てみるだけでも雰囲気がわかりますよ。だいぶ前に書いたエントリーで述べたように、花や芝生がよく整備された街は治安がよく、そうでないところは治安が悪い。この法則はほぼ鉄板です。

カリフォルニアの住宅事情‐サンフランシスコという狂気

前回で終了したアメリカ東南部の旅行記の後は、その地域の様々な意味での特性などに関する考察を載せる予定でしたが、ちょっと違う話から書いてみたいと思います。


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タバコの価格の話を取り上げた際、「サンフランシスコで4人家族が普通に暮らすには、世帯年収1千万円ではもう無理だそうです」と書きましたが、もう「無理」とかそういう次元じゃないみたいですよ。BBC20187月のネットニュースで、既にこんなことが書かれてました。

 

“サンフランシスコとその近くのSan Mateo郡とMarin郡では、4人家族の世帯年収が117,400ドル(約1300万円)が「低所得」とみなされ、73,300ドル(約800万円)では「非常に低い所得」とみなされる。この数値はアメリカで最高となっている”


は?1300万円が低所得?800万円で「非常に低い」って何?そんなバカな話、あります?これがあるんです。家賃が高すぎて話にならないわけです。
 

サンフランシスコの高賃料は、6桁(10万ドル≒1070万円以上)の収入を得ている家族を「低所得」と規定する状況に至っている。2ベッドルームアパートの同市での適正市場賃料は、1ヶ月あたり3,121ドル(≒33.5万円)で、2008年の1,592ドルのほぼ2倍になっている。一方、オハイオ州シンシナティでは845ドル(9万円)だ。 この住宅価格の差(270%)は、家族の平均収入の差(50%)よりはるかに大きい。(同ウェブサイト記事より)

 

というわけで、カリフォルニア、就中サンフランシスコエリアでは人々の賃金は高騰しているのですが、それ以上に賃料や住宅購入価格が上がってしまっており、それを主要な原因として「4人家族の世帯年収が117,400ドル(約1260万円)が低所得とみなされ、73,300ドル(約790万円)では非常に低い所得とみなされる」という状況に至ったというわけです。

 

なんだかピンと来ませんので、世帯年収をわかりやすく1300万円とし、扶養家族2名で税金社会保険関係控除率が大体25%くらい(本当はもっと取られるかも。401Kとかで源泉されるお金とか含めてないし)としてシミュレーションしてみましょう。額はすべて年間の額とします。

 可処分所得:975万円(1300万×75%)

家賃

400万(34万円×12

食費

60万円(三食全て家で作ったとして月に5万円×12

車関連

96万円(普通のセダンをリースすると毎月2万円。燃料代も2万。旦那さんと奥さんで1台ずつ必要なので毎月8万×12か月)

水道光熱

48万円(上下水道が月7500円、電気7500円、ガス5千円)

通信費

36万円(テレビ&ネットが月1万円、スマホ4台で月2万円)


ここまでで640万円が使われた。残金は335万円。


これに加え、消耗品費、被服費、医療費 - 仮に健康保険は全額会社負担、支払うのは通院した場合の自己負担分のみとしてもなお - などは、いくら払いたくないと言っても払わざるを得ないだろう。これらを合計30万でやりくりすると(恐らくこの見積もりは甘すぎると思うが)、残金は305万円(学費は高校まで公立ならただ)。

車の保険は年費用を一括で支払うが、カリフォルニアで何かあったときに入っているべき保険の内容を考えると、ミニマムでも15万円(但し2台カバー)はかかると考えるので、残金は290万円。


勿論まだ生命保険代は入れてないし、遊興費も入れていないし、車、テレビ、パソコン、家具などの買い替えや修理費用も含めていない。アメリカ人が大好きなペット(基本犬)の食費や健康維持費も入れていない。車のリース時は大体普通のセダンで20万は払うことになる。

1300万円の年収なのに、確かにきつい。やっぱり家賃の400万が尋常じゃない。


それじゃぁ年収800万円だったらどうなるんでしょう。

税と社会保険関係の控除が20%として可処分所得は640万円。あれ?これだと上の家賃から通信費までの支出合計だけで640万円だから、もうこれ以上の支払いは無理。破綻だ。なんてことだ。

カリフォルニアに住みたい方々、サンフランシスコ界隈の住宅事情(値段)は最悪のようです。南カリフォルニアならまだなんとかなります。次回はそのあたりを書いてみましょう。

カリフォルニアの凶暴な花粉症アレルゲン

南カリフォルニアは11月から2月、3月くらいまで雨季だと言われていますが、僕が日本から越してきた2012年秋から2016年秋まで、本当にやばいほどの雨不足だったんです。2013年夏ごろから、芝生に水をやることを制限する条例を出す自治体も多数に上り始め、そもそも芝生から(水があまり要らない)他の植物に植え替える自治体さえあったのです。下の水不足マップを見れば、その深刻さがわかるでしょう。

2015日照りマップ画像

OCは南西部(海側)にあります。酷い日照り地域に入っています


ところが2016年の12月に様相が一変しました。時に洪水を起こすような豪雨も数回含め、とんでもない雨量をもたらした雨季らしい天候が翌年の3月初旬くらいまで続いたのです。そ
の結果、雨季終了後の春はどんな春になったかといえば、草花が咲き乱れる美しい春になりました。そんな春を体験するのは渡米後初めてのことでした。


2017年から2018年の雨季はまたしょぼい雨季になりましたが、20182019のシーズンは、これまでの最高(最悪)と言えるほどの雨季になり、またもや大量の草花が咲き乱れ、しかもなかなか枯れない春となりました。というか、今でもそういう状態なんです。


春先、ローカルニュースは何度もこの大雨が生み出した現象を取り上げていました。例えば、カリフォルニアの南東部側にあるレイクエリシノア(Lake Elisinore)という町を囲む山の斜面に大量のケシが咲き乱れ、これを見物する人のおかげで渋滞が起きたというニュース。

僕は何度もこのレイクエリシノアという町に行っていますが、春先にケシが咲いている風景など記憶にありませんでした。そしてそのニュースを聞いて慌てて訪問してみましたが、確かに山肌が一面ケシで覆われていました。

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USA Todayの記事より

この大雨で2012年以降初めてカリフォルニアの全域で水不足が解消されたという喜ばしいニュースもあれば、花粉が例年になく大量に舞うことになり、人々がアレルギー症状に苦しんでいるというニュースもありました。


その最大の犠牲者が僕であることは間違いない。

そう確信したのはアメリカ東南部の旅行を終えた直後の54日でした。

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禁煙関連のエントリー中に書いたように、今年になってから僕の健康状態は最悪でした。咳、鼻の奥の不快感、微熱、寒気(さむけ)、筋肉痛のような風邪様の症状が1週間単位でぶり返し続け、加えて経年劣化した歯(クラウンやインレー)の放置とストレスを原因とした顎関節症が2月中旬に発症(1か月継続)。4月上旬には38.6度の熱が出た本物の風邪で3日間寝込みました。


この大風邪を引いたとき、僕は上述したアメリカ東南部の旅行に427日から54日まで妻と共に行ってくることを計画しており、実際飛行機の予約を終えたばかりでした。これはまずいと思い、健康を取り戻すことに注力しようとしました。


顎関節症は歯の治療で治り、「本物の風邪」も1週間ほどで治ったと自覚できましたが、旅行に出かける426日を迎えても、風邪様の症状は残っていました。ところが何とか体調を70%くらいまで上げて東海岸に旅行に行ってみると、それ以降カリフォルニアに戻るまでの間風邪様の症状は一切出ませんでした。


54日夜、アトランタから自宅に戻ってきた僕は、鼻の奥に変な感じを覚え、同時に咳が出始めたことに気づきました。東南部ではおさまっていた症状がOCで復活したことに気づいた瞬間でした。


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僕は日本にいたころから、低気圧と寒暖差により風邪のような症状を主訴として体調を壊していた自覚がありました。アメリカに来てから数年の間も、体調不良は多くの場合低気圧と寒暖の差の影響だということが自覚できていました。しかし、2016年にサラリーマンになって以降、その不調ぶりは一段次元が変わりました。重く、長く、容易にぶり返すのです。

 

僕は長い間、「自分の理想に反してサラリーマンになったこと」や「自分のネガティブな思考がサラリーマン環境下で助長されてきたこと」により「自律神経系などが不調になっていること」が原因だと考えてきました。なので、昨年末に人生初めて「くしゃみ10連発」をしたときは、僕の健康レベルが低値安定しているところに寒さ(寒暖の差)や天気の悪さが重なったためこんなアレルギー症状が出たんだろうと考えました。

ですが、年が明けてから典型的な風邪のような症状が4か月も断続的に続き、しかも症状はさらに増悪しました。継続期間が普通じゃない。しかも増悪している。なんでだ。

自問した結果、ちょっと信じられない業務上の事案(事件)が1月から毎月連続して起きており、その間過去最高の繁忙レベルだったのでさらに基礎体力や抵抗力が落ちたのだろう、と思っていました。

が、東海岸に旅行に行っている最中はそれらの症状がぴたりとおさまっていたのでした。
こうした事実から、私の不調は場所に起因し、かつそれは2016年以前には僕の身の回りになかったもの、即ち特定の花の花粉のせいだとほぼ断言できるのです。

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その花粉をまき散らしている花は、この春大量に咲いていつまでも枯れない花。その名をブラックマスタードと言います。この花の名前をなんとか特定し色々調べてみたところ、情報が少ない花ではあったのですがアレルギーを引き起こす
「狂暴度」が高いことはしっかり確認できました。


2017年春。この花が咲き乱れるところを写真に撮って、このブログに載せていました。この花の名前を知らなかった僕は、「アメリカ版の菜の花」と勝手に命名していました。美しい風景だと思いながら。


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2017年の春の様子

今年は2月下旬ころ咲きだし、3月下旬にピークを迎えましたが、それ以降もまだまだ咲いていることに感心していたのです。ある集団が枯れても違う集団が咲き出すことを喜んでいたのです。ずっと美しい光景を作ってくれるこの黄色い花を愛でていたのです。


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今年3月のブラックマスタード。この時点で隆盛を誇りつついまだ栄えているという。

それが、私の健康を著しく損ねる花粉を長期間まき散らしていたとは。いや未だに、6月中旬を迎えるのにまだまき散らしているとは(ゾンビか!)。実は外来種だったブラックマスタード。カリフォルニアのネイティブの花を存続危機に陥れるほど爆発的に咲いています。そうしたことを知ってから、この花の憎らしさは筆舌に尽くしがたいです。

カリフォルニアは基本的に乾燥した砂漠地帯ですが、花粉症に悩む人は非常に多いのです。住む予定の方、事前に対策を。

Occasional Smoker(非常習的喫煙者)からNon-smokerへ

まだタバコの話し続けるの?とお嘆きのあなた。これで終わりです。

 

前回は禁煙のことを偉そうに書きましたが、僕は手術から1年経過して以降は「Occasional Smoker(非常習的喫煙者)」だったんです。

 

ある日、友人にもらってタバコを吸ったんです。もう「痰が絡むこと」も怖くなかったから。喫煙をやめたいと思っていたわけではなかったのに脅されて(?)止めることになったのが少し癪だったから。でもまあ、家に帰ってまで吸えないし、吸いたいわけでもないのでそれで終了しました。

 

その後、渋谷かどこかで友達を待っていた時、暇をつぶそうとして自分で買って吸ってみました。普通に「うまい」と思いました。でもやっぱり家で吸えないし休日は妻と一緒で吸えないし、そもそも常習したいモチベーションもないからそれっきり。

 

ただし残ったタバコもライターも、またいつか吸えるタイミングで吸おうと考えたので捨てませんでした。そしたら、普通にタバコがなくなったら買うようになり、そんな感じで僕は俗にいう「Occasional Smoker(時折タバコを吸う人)」になったんです。

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 Occasional Smokerでヒットした画像。アメリカにはOSがかなり多いと思う。

この定義は「旅に行くと吸う(ラスベガスなんかに行くとそういう人が山ほどいます)、週末だけ吸う、逆に平日だけ45本程度吸う」といった喫煙者です。僕の場合、友人と週末に飲みに行ったりすると吸う感じでした。「普段酒は飲まないけど、飲み会に参加した時くらいは飲む」っていう人と一緒です。

 

201210月の渡米後数年はアメリカの地では一切タバコは吸わず、たまに日本に帰っているときに吸うくらいでしたが、2016年にサラリーマンになってからはアメリカでも吸い始めました。日本の時とは逆で、週末ではなく平日に、一日4本吸う感じです。ちなみに、僕の吸っていたタバコは1箱税込みで6.73ドルでした。今の相場で約750円ですね。1本あたり37.5円、14本で約150円、言うまでもなく1週間で750円、月額で約3000円を使っていました。

 

きっかけは、ストレスを感じている状態から脱する方法として、休憩時にタバコを吸うのは効果的なんじゃないか、と思ったことでした。頭を切り替えたりするためにコーヒーブレイクを取ることがありますよね。それよりもタバコのほうがいいんじゃないかと思ったんです。僕にとって「サラリーマンとして生きること」は本当に折り合いをつけるのが難しいことだったので、この一時逃避の時間を充実させることは本当に重要だったんです。

 

じゃあもう常習状態じゃないかって?いいえ、僕がタバコに求めていたのは「ニコチンがもたらす快感」ではなく、現実逃避できる効果的な「シチュエーション」です。これがOccasional Smokerたる所以なわけです。自宅にいたり週末の休みのときは「タバコを吸うシチュエーション」じゃないから吸わないんです。

 

だったらタバコじゃなくてもいいんじゃない?と言う方。それはそうなんですが、「紫煙をくゆらす」という方法によって「3分だけ頭を空にする」ことは僕には可能でしたが、ガムやキャンディーやコーヒーでは切り替えがうまくいかなかったんです。だからタバコを吸ってみたし、それがうまくいったのでタバコを手段にした。そういうことなんです。

 

いいえ、常習してませんてばw 自分から喫煙や禁煙の話題を持ち出した挙句嘘ついても意味ないでしょ。これまでだってずっと「吸った」「吸っていた」という風に過去形で書いてきたでしょ?実際僕はもうOccasional Smokerですらないんですから。

 

僕が脳の初期化のために平日一日4本のタバコを吸っていたのは425日までのことです。それ以降1本も口にしてはいませんよ。何故って、僕にとって大事だったはずの「現実逃避できるシチュエーション」が、僕の中ではもう無用なものになったからです。「14本でもやっぱ健康に悪いじゃん」というデメリットへの自覚が、「休憩中にタバコを吸って頭を空っぽにするメリット」に勝ったからです。

 

きっかけは今年の年初から4月までの自分の健康状態が普通じゃなかったからです。風邪のような症状が12週間おきにぶり返し続けた上、4月中旬に本物の風邪を引き、38.6度まで熱が出ました。こんな高熱、23歳のインフルの時以来でした。喫煙との因果関係はゼロですが、この間顎関節症になったりもしました。

 

426日から有休をとって妻と旅行をしようとしていた僕は、そうした大事な楽しみが自ら招いた不健康さによって奪われることのバカバカしさを自分事としてとらえ、「タバコ(シチュエーション)のメリットなんか要らない」と心底思いました。

 

自分が最高の価値を置く楽しみと仕事中の現実逃避のためのタバコ。優先する方がどっちなのかは自明でした。そこで、425日をもってタバコを吸うのを止めたのです。なお、Occasional Smokerですから禁断症状はありません。もしあったら、それはその定義からずれています。

 

というわけで、前回のエントリーと同じようなことを言いますが、タバコは止められます。そのデメリットが自覚できたならいつでも。たかが2週間の禁断症状の辛さなんて、その後の人生を健康に送れる可能性を引きあげられることのメリットを考えたら屁でもないはずです。

 

なのに、理屈ではわかっていても禁煙できないということは、離脱症状に容易に負けるだけの自覚しかないってことです。肺癌の画像を何回見せられたところで他人事のうちは他人事です。「あなたの自覚」はあなた自身が形成するしかないのです。

 

そうそう、結果的に僕の風邪のような症状は恐らく花粉症だとわかりました。東南部への旅行に行っている間、「いつもの不快症状」が全く出なかったのに、カリフォルニアに戻ったらすぐに復活したことで確信したんです。東南部には存在しなかったけれど、今年カリフォルニアで大量に、かつ長期に咲いている花が存在します。次回はそいつの正体を晒しましょう(まだアメリカ東南部の話に行かないという…)。

喫煙のデメリットが「自分事」になったなら

12年ほど前に大きな手術を受けたのですが、その2週間ほど前に禁煙したんですよ。それまでに1回あたり18時間くらいの禁煙には100回くらい成功していたベテラン禁煙者だったんですが、24時間以上は経験がなかったんです。

 

だけどある日、「術後に痰が絡んだとき、それを出すことは術後の痛みから大変困難です。うまく出せない場合は呼吸できずに最悪死にます。今からタバコを止めておかないと痰が絡んで死ぬ可能性が高まりますよ」って主治医に言われたんです。

 

「手術には成功したものの、医師の指示を聞かずに喫煙を続けた結果、痰がからんで死んだ」というバカバカしい結末を迎える可能性が急に具体的になり、手術の2週間前に喫煙のメリットより禁煙のメリットの方があることをはっきり自覚しました。

 

こうして禁煙が始まりましたが、ガキの頃から手を出した末、20代からはずっとコンスタントに12025本を吸ってきたバリバリのニコチン中毒者の僕ですから離脱症状もひどかったですね。視界に靄(もや)がかかるんですよ。しきりにあくびが出てとにかく眠い。そしてタバコのことしか考えられない。

 

でも、そんな状態が10日くらい続いたあと結構平気になってきて、そのまま手術になだれ込んで1週間入院して出てきたら、もうニコチンの奴隷ではなくなっていました。

 

そうです。禁煙の方法はいくらでもありますけど、本当に禁煙しようと思えば器具や薬に頼らなくても辞められますよ。「本当に禁煙しようとしている」のに吸ってしまうのは、それは結局「本気じゃない」ってことですが、逆に「真に本気になる」ということは、喫煙のデメリットが自分事として強く認識できたとうことなんですよね。

 

元バリバリの常習喫煙者ですからニコチンの魔力は知っています。簡単に止められた少数のエリートたちを禍々しく思うほどでした。僕などは「この最後の1本を吸ったら終わりだ。キリがいいし」とか言ってその「最後の1本」を吸うものの、すぐに我慢できなくて「これが最後の一箱だ」ってまた買ってしまうんです。

 

「あと1本で止める!」っていう誓いがいとも簡単に「20本吸ってから止める」いう誓いに後退しています。そして19本吸った時点でまた「この一本で最後だ」のシーンに戻るわけですが、この物語は結局延々と繰り返され、終わりを迎えられないわけです。

 

場合によっては、あるタイミングから「別に違法じゃねーし」とか「別に自分の稼ぎで買って吸ってるんだし」とか「俺が健康を害したからって誰にも迷惑かけてねーし」とか、まあタバコを吸ってしまう自分を正当化する100万の言い訳で自分の意志の弱さを糊塗します。別に誰からも責められていないのに誰に何を言い訳してるのやらw。

 

まあ、言い訳の中でも論理的に完璧なものは「タバコを吸っていたからって癌(などの疾患)になるとは限らないし、非喫煙者でも癌になることはある」ってやつですね。実際その通りですから。でも、だったら言い訳しないで吸えばいいだけなんですよね。禁煙しようとして失敗した人がこれを言うのはちょっとみっともないかもしれません。

 

まあ、離脱症状の不快さから逃げること(つまりタバコを吸ってしまうわけですが)の難しさは想像を絶するってことなんですよ。たとえば「慢性閉塞性肺疾患のために鼻に管を入れて酸素を補いながらトボトボ歩いている自分を想像してみてください」などと言われたところで、殆どの喫煙者はタバコを止められません。そうなってから初めて「止めておけばよかった」と悔いるんです。離脱症状ってそれほど凄いんですよ。

慢性疾患

 Yahoo Newsからとった画像です

離脱症状に負けてタバコを吸うことで失うもの。それがシャレにならないほど大きいことを心から自覚して本気になった人だけが禁煙できます。あなたが愛する全ての人、モノ、趣味などをあえて早期に失うような行為が喫煙です。心からそう思い、愛する者との別れなどを想像して震え上がれたなら、その時あなたの禁煙はきっと成功するはずです。

カリフォルニアの喫煙者

なんだよ。アメリカ東南部の話じゃないのかよ、とお怒りの諸兄。まあ、どんな話から先にするかくらい、自由でいいじゃないですか。

 

さて。アメリカに住みたい方、タバコ吸います? アメリカに来ても、吸います? だとすると、経済的にいって、カリフォルニアは最悪の場所ですね。吸うところはあるんですよ。商業地域にもオフィス街にも必ず指定場所がありますから。

でもね、高いんですよ。どんなに安いタバコでも、かつ最も安く売っている販売店でも、1箱$6.50700円強)からスタートですね。毎日1箱吸う人、タバコ代だけで毎月21000円払うの、痛いですよ。

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 マルボロが850円。買います?

喫煙するなら東南部がおススメです。安いです。昨年はフロリダで、今年はサウスカロライナとかバージニアとかで確認したことですが、カリフォルニアで700円のものが300円から売っていましたから。しかも、路上で吸うのもOKのようだし(多くが歩きながら吸っていました)、車の中でもガンガン吸ってるし(禁煙レンタカーでさえものによってはタバコ臭がします)。

 

とはいえ、日本人が住むなら圧倒的に西海岸(か東海岸北部、つまりはニューヨーク)ですよね。そもそも他の地域では仕事を見つけるのが大変ですから。

 

でも、カリフォルニアの家賃の高さは知ってますよね。僕が渡米前に買った家は日本で言うところの60平米の1LDKで、これを2016年暮れから賃貸に出しているんですが、今の家賃は1680ドル(約185000円)ですよ。これでも地域で一番安く貸しているくらいなんですよ。

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 2012年8月、1ドル80円の時に16万ドル(1400万円)で買った家

サンフランシスコなんかとんでもないですよ。最新のニュースでは、「2 Beds 2 Baths(※)」の賃貸料の常識的な額が34万円くらいになっているそうです。

 

  ※日本の2LDKに近いが、正確には「リビングダイニングキッチン、
   2つのベッドルーム、そして2つのトイレ&バスがある家」という意味

 

そんな「2-2の間取り」を借りることが多いのが4人家族ですが、サンフランシスコで4人家族が普通に暮らすには、世帯年収1千万円ではもう無理だそうです。例えば、旦那さん600万円、奥さん400万円の年収では普通に生きていけというのです。この生活コストの高さはニューヨークを上回り全米一だそうで、もう狂気の沙汰です。

 

ということで、カリフォルニアで喫煙者をやるのは結構ハードですよ。え?俄かに禁煙したくなった?では次回くらいに禁煙方法とかを書いてみます。私も筋金入りの喫煙者だったので。アメリカ東南部の話はまた追って。

これからしばらく、記事を山ほどアップしていきます

どうも。お久しぶりです。

今日から急に多作になることを予告します。書き溜めていたものを徐々に放出していくことにしたからです。何故書き溜めていたかと言えば、それは忙しい中で何かを書きかけてはそれを放置するということを繰り返していたからです。

 

何故今これを放出するかと言えば、山ほど溜まった書きかけの断片を仕上げる時間が出来、かつ仕上げる意欲が続いたからに他なりません。いくら忙しくても、その気になればブログ記事の一本や二本、いや、五本や六本書けないわけがありません(実際は十数本…)。

 

この「これから山ほどアップする記事」において、取り上げたテーマは様々ありましたが、今日はその一つに軽く触れておきたいと思います。

 

実は、427日から54日までアメリカ南東部の旅に妻と行ってきました。目的はまだ訪問したことのない州に行き、有名な観光スポットを観、個人的に関心がある地域や道路を走るといういつもの軽いものでした。

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ワシントンD.C. リンカーン記念堂

 

ところが、ジョージア、サウスカロライナ、ノースカロライナ、バージニア、メリーランド、デラウェア、ペンシルベニア、ウェストバージニアの8州とワシントンD.C.を巡ったこの旅は、当初思ってもいなかった旅になりました。

 

この旅で、アメリカ東南部という地域の特性やその歴史に関して、今までにない洞察を迫られたのです。そのきっかけは道中幾度となく見かけた(バプテスト)教会でした。「なんでこんなに(バプテスト)教会が多いの?」という疑問への答えは、僕が持っていたアメリカ東南部に関する浅い知識の中には存在していませんでした。そして、本当に異常といえるほど教会が多かったので、「すぐにこの疑問を解決したい!」と思わないではいられませんでした。

 

こんな思いから、僕は清教徒革命のころのアメリカから調べ直すこととし、結果的にこの地域の内情も少し深く知ることになったのです。だから僕は、この旅に関して二つのテーマでブログ記事を書くつもりです(実際にはもう書き終わっていますが)。一つはお気楽な旅行記で、もう一つは東南部の歴史や特性への考察です。

 

かつての僕ならば、たとえばウェストバージニアに行ったことに関連付けてジョン・デンバーの歌った「カントリーロード」を引き合いに出したでしょう。いや、今回もそれはします。するけれども、もう「いい歌だ。いい歌詞だ」というお気楽な感想だけで済ますことは出来ないのです。


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 山深いウェストバージニア。本当に「殆ど天国」といえる場所なのか…。

それは、ジョンが「Almost heaven(もう天国のようだ)」と歌ったウェストバージニアが、そしてアパラチア山脈一帯の州が、決して天国ではないことを知ったからです。現代ではやや信じられない事実や、または存在すべきと思えない事実がそこにはあったからです。「聞いてはいたけれど、まさかここまでとは…」という驚き。あれです。

 

勿論僕はそんな「偏見」を持って旅に行ったのではありません。むしろ無邪気に、ストレス発散だけを目的にしていたのです。でも、カリフォルニアの「暗部」がパームツリーと太陽のイメージで糊塗されるように、日本が「おもてなしの国」の顔を表に持ちながら、そこには世界的にも特異な同調圧力と排他性があるように、アパラチア諸州にも牧歌的なイメージとは裏腹な、浅い知識では伺い知ることが出来なかったネガティブな側面もあったのです。

 

そういった深そうな話も阿保っぽい話も含め、これから猛然と記事を載せていきます。

2018年年末。アメリカは面倒くさい!という雑感

もう今年も終わる。平均3、4か月に一回しか更新できていないので、昨年の今頃書いたエントリーがやたら最近のことのように思える。

今年は2016年にサラリーマンになってから感じていたアメリカでの生活に関する不満を一旦断ち切ることに成功したため、なんとか精神的には明るめに生きてこれた。

ただ、今年はめんどくさい事象が色々起きた年として記憶される気がする。前回のエントリーで書いたようなことが今年後半に集中して起きたが、まだ面倒くさいことは続いているから。アメリカで家を買って住む計画がある方、今日のエントリーは結構勉強になりますぜ。

 ***

アメリカのローン会社はローン債権の売買を繰り返すので、僕が持っている二つのローン会社がこの1年で2回変わった。日本で言えば、三井住友でローンを組んだはずなのに、いきなり三菱東京がそのローン債権を買い取り、かと思ったらいつの間にか新生銀行がそのローン債権を買っていた、みたいな話だ。

その最新のローン会社が、11月になって家の保険料の免責額が高すぎるみたいなことを言ってきた。ごく簡単にこの辺の仕組から説明しておきたい。

家に問題が起きても保険が適用されることで借主は金銭的負担を免れる。ローン会社も安心だ。だからローンを組むときに家の保険に入るのはマスト。このとき、仮に5000ドルまでの被害なら保険会社は保険を適用しない契約を結ぶと、5000ドルまでの損害は借主が自腹を切ることになる(代わりに保険料が少し安くなる)。これが免責額だ。免責額が高いとローン会社は不安になる。よって今のローン会社が、「免責額を(ローン残高に対して)適正値(があるらしい)に落とせ。保険会社にその旨伝えよ」、と言ってきたのだ。

今なら若干仕組みはわかっているが、最初その指示が書かれた手紙を読んだ時、全く意味が分からなかった。そもそも最初のローン会社も2つ目のローン会社も何も言ってきていない。とにかく保険会社(の代理店)にその手紙の内容を伝えた結果、免責額は適正値内にあることがわかった。なんなんだよ。

これで一件落着かと思ったら、今度は保険会社から「保険料が払われていない」との手紙を受け取った。いや、絶対払ってる。何故なら、一般的にアメリカでローンを組むと、返済額、保険料、固定資産税を毎月ローン会社に支払うようになっているからだ(ローン会社を通じて税金とかは支払われる仕組み)。そこで今度は保険代理店の方に問い合わせ、やっぱりきっちり払っていることを確認した。なんだったんだよ。

などと言いつつ、まだ話は終わっていなかった。

僕はローンを二個持っている。一つはアメリカに来る前に買った家(A)を抵当に入れて借りたお金。もう一個は今住んでいる家(B)のローン。約2年前に書いたエントリーで説明したが、Aを担保に入れて借りたお金は、今住んでいる家Bを購入する時の頭金を捻出するために借りたわけだ。

さて、「保険料が払われていない」という保険会社からの手紙は家Aの保険の話だった。そしてその手紙は11月下旬に家Aに届いた。そして、Aに住んでいる店子から連絡を受けて僕がそれを確認したのが10日前。で、「おいおい」と思いながら保険代理店に連絡したとき、一緒に手紙の確認が遅れた理由も説明すると、「そうだとすると、保険証の書き換えが必要だ。保険は家主が住んでいる条件で書かれている。店子が住んでいるならその主旨に書き換える必要がある」と代理店は言ってきた。

「そうですか、ではそのようにして下さい」 

もう「めんどくさいの極致」にいた僕はそれしか言わなかったが、次に来たメールには「どうせなら保険会社を変更してみるのはどう?保険料は安くなるしA評価の会社だよ」だと。代理店として保険の変更を進めるのは当然何かのメリットがあるんだろうけど、、、、

もうめんどくさいんだよ!
仕事が無茶苦茶忙しい中で心の均衡をなんとか保ってるんだよ!
訳の分からない仕組みだか都合だか営業意欲とかで家にいる貴重な時間を使わせんじゃねぇよ!
そもそも「A評価」のはずの保険会社、ネットでの評判最悪じゃねぇか!!

と、毎日家に帰ると語気強めで毒づいているこのところの僕であります。

しかもですね、僕、この齢にしてこないだ強烈なアレルギー性鼻炎のデビューを果たしたんですよ。。。

12月に入ってこれまで経験のない症状を経験。くしゃみ10連発は当たり前。ツツーと流れ出る鼻水、のどの痛みやイガイガ感。頭痛、倦怠感。。。症状からこの年でアレルギー性鼻炎のデビューをしたのは確実。今年感じた体調の悪さのうち、明らかに風邪だったとは言えないものについてはアレルギー性鼻炎の症状が軽めに出ていたんだろうと思う。これからこいつと付き合っていくのか。。。面倒だ。

そう、面倒なんだよ。アメリカ。
訳わかんないんだよ、アメリカ。
それでも住み続けるのか、アメリカ。
まあ、まだ住んどいてやるよ、アメリカ。。。

では皆さん、よいお年を。

アメリカ故に倍加する面倒くささ

皆さん、お元気ですか?

僕は、前回のエントリーで書いたように4月にフロリダに行ったり、7月にはYellow Stone - Grand Teton国立公園に行ってきたり、普段の土日も大体500kmくらいのドライブ(サンディエゴ方面が多いかな)を楽しんでいたりと、かつてのように心が揺れることもそんなになく日常を送れている。

そういえば前回触れなかったのだけど、フロリダは自分史上初めて訪問した州なのであって、2007年に(陸続きの)アメリカ48州のうち33州まで制覇してから苦節11年、ようやく34州目を開拓できた。来年は是非メイン州などの東海岸北部に行きたいと願っている。

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フロリダ西岸のクリアウォーターという町のビーチ
 

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お馴染みアメリカ最南端の記念碑?

それとイエローストーン。ここはワイオミングとかアイダホとか既に行ったことのある州にまたがる公園なのだが、やたらに行くのが不便な国立公園なため、初めてアメリカドライブ旅行を行った2002年以降ずっと保留にしていた場所だった。そのイエローストーン。勿論興味深い公園だったけど、それよりGrand Tetonの方が個人的には思い出深かった。何しろ風景が素晴らしかった。


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”天然温泉”(何故か間欠泉の写真がなかった。あんなに撮ったのに…)

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Grand Teton。この景色にはやられた。。。

 ***

こんな感じで中二病的自分探しにともなう苦悩を一旦終えて以降、僕の精神状態はまあ安定しているものの、この3か月、つい先日まで、全然別件で僕は参っていた。やたら面倒で鬱陶しいことが繰り返し起こって、マジにかんしゃくを起こしたくなるほどだった。それらの面倒くささは日本にいても起こりうることだけれど、恐らくその大半は「アメリカであるが故に倍加するもの」だ。

 

そもそもこの3か月の間に3回も風邪をひいた。胃に来たり腹に来たりしたうえ、これはいつものことだが寒気が凄い(僕は平熱が低いのでいつも寒がっているし、風邪の時の寒気は半端ない)。しかも8月下旬のある日、血尿が出た。慌てて検査をしたが異常なしで、どうやら薬、サプリ、食べ物がたまたま尿を赤くしたと判明し、事なきを得た。

 

この話における「アメリカ倍加ファクター」はオフィスの寒さだ。いつも設定が22℃くらいになっていて部屋単位での調整が許されない。ただでさえ普段から寒くて仕方がないのに、風邪をひくと地獄になる。なので、僕はオフィスで長袖4枚を着ている。南カリフォルニアで。信じられます?

 

勿論問題はそれだけではなかった。そんな体調の中、9月上旬にネットにトラブルが発生した。いきなり接続が切れ、長時間切れたままになるのだが、それが3日に一回の頻度で起こった。完全に直ったのは10月上旬だったから、4週間以上ネットが不安定なままだったが、勿論その間僕が手をこまねいていたわけではない。AT&Tには3回連絡しているし、直るまで検査があり、ルーター交換をし、最後には工事も行われた。

 

この件での「アメリカ倍加ファクター」はトラブルシュートのために相談するのに大変な時間や手間ががかかることだ。日本のようにメールは受け付けないし、電話番号は探しにくいし、つながりにくいし、ようやくかかっても自動音声が最初に対応してくる。しかも、もはやAT&Tは「要件ごとに何番を押せ」といった自動案内じゃなく、トラブルシュート自体をAIにさせようとしてきた。

 

「ドノヨウナ症状デスカ?」

「ネットの接続が切れた」

「カタカタカタ(キーボードを叩く音)」

「イツカラ始マリマシタカ?」

「1時間くらい前」

「カタカタカタ」

「ルーターノ接続ハ…」


「おいAI!お前が直すのかよ!」 途中でそう気づいた僕は「I need a human!」と叫んだ。すると、ほどなく人間が出てきた。皆さんもいつまでもAIに付き合う気がないときは「人間出せや!」と叫ぶことだ。

 

勿論問題はこれだけではなかった。今月上旬の日曜日。外出しようとして車に乗ろうとしたとき、ガレージの壁と床の境目から水が漏れだしているのを発見。どういう類の水漏れだか特定できず、何しろ「工事の人」をすぐに予約(受付は365日24時間対応する会社)。翌月曜朝工事の人が来て、壁に20㎝四方ほどの穴をあけ水漏れの状況を確認するも、「原因がわからんので、どこから漏れているのかの調査を誰かにしてもらって」と言って彼は帰っていった。


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壁を切り取られた時点でなお原因不明だった水漏れの様子


「いや、誰に頼めばいいんだよ。お宅の会社に調査部隊はいないのか?だれか推薦するとかないのか?」と思いながら、この案件は我家が属するコミュニティの管理会社に相談すべきと考えなおし、連絡を入れ、水曜朝に調査を実施してもらった結果、お隣さんのウオーターヒーターの水漏れが原因と判明。お隣さんに直ちに漏れを止めてもらい、かつ壁の原状回復工事を土曜にしてもらった。

 

この問題での「アメリカ倍加ファクター」は工事の人、ではない(いや、彼を挙げてもいいけど)。ウォーターヒーターそれ自体だ。日本のような瞬間湯沸かし器が普及していないアメリカでは、タンクにお湯を溜め、保温しておくウォーターヒーターが主流。そしてこのタンク、経年劣化等で容易に水漏れを起こす。そしてそれに気付くのが遅れると、また漏れた場所が2階とかだと、階下の損害が尋常でなくなることがある。僕の会社の同僚にも被害者がいるし、実を言えば僕自身、家のウォーターヒーターの水漏れを去年経験している(すぐに発見して交換したけど)。

 

勿論、問題はこれだけではなかった。6日前のことだ。4年くらい前にアメリカで入れた差し歯が取れた。この差し歯は5月くらいだったか、なんか固いものを噛んだら「バキッ」と音がして、そこから少しずつグラグラいいだしていたのだが、とうとう取れた。歯科医は、差し歯の接着用に残してある自分の歯が欠けていて緩んだのだと説明した。ははん。「バキ」はそれだったか。でもそのとき食べてたのはコウナゴ。固いもんじゃなかったんだけどなあ。

 

あ、勿論問題はこれだけではなかった。4日前のことだ。4年くらい前にアメリカで治した歯が取れた。差し歯だった。いや、これは前述のものとは違う差し歯なの。それがいきなり取れたの。2日で二本差し歯が取れたの。先週金曜にはめ直しに行ったけれど、「時間の問題でまた取れるよ」と歯科医に宣告された。そうなると、入れ歯かインプラントの二択しかないとも言われた。

 

この問題での「アメリカ倍加ファクター」は「工事の人も医師も、とにかくみんなアメリカ的マインドセットだ」ということだ。そもそも何でわずか4年前に入れた「高級差し歯」がコウナゴ食ってるときにバキっとなったのか。しかも何で中一日で2本の差し歯が外れたのか。そしてその差し歯を入れた歯科医が批評家みたいな言い方をしながら「次は入れ歯かインプラントか二択ですね」みたいなことをしれっと言えるのか。

 

まあ、もうそれはいいワ。とにかくこうしたことが起きて平日に対応すれば会社に遅れることになり、土日に対応すればせっかくの休みがフイになる。そして何より生活リズムが狂う。そういう面倒がたまらんのです。でもまあ下らない悩みっちゃ下らないわな、とも思ってますけどね。

フロリダとイエローストーンの旅行で感じたことや経験したことは、また別項を立てて書きたいと思います。では。

思考の転換

いつものように長いこと書かなかったが、それはいつものように仕事が忙しかったから、だけではない。実際には、忙しいとはいえ書くための時間は割けたのだが、休みの日ごとに非常にアクティブに行動してしまい、書くに書けなかったことが原因だ。

 

ただ、書くべきことは色々あった。まず最も重要なことは、僕の心の持ち方に関し、根本的な変化があったことだ。何度も書いてきたことだが、「渡米時の理想とは程遠く、今サラリーマンの境遇にあること」に関して様々な負の思考を抱いていたが、これを捨て去ることができた。別に無理やり負の思考をやめ、強引に思い込みを断ち切ったのではなく、本当に思考法を根本的に、素直に変えることが出来たのだ。これは後にまた触れてみたい。

 

次の要因は、今年に入ってからも忙しい日々は続いているものの、家で仕事をすることは極力やめることにしたことだ(このような「転換」も、実際は思考の変化によるものだ)。そのため休みの日は積極的に活動することとなり、ブログ執筆から遠のいた。

 

たとえば4月後半から5月の頭にかけて5連休を取り、妻と飛行機でフロリダに行き、レンタカーでエバーグレーズ国立公園やら内房の海岸やら外房の海岸(要は大西洋)やらキーウエストに行き、泳ぎ、うまいものを食べてきた。

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キーウエスト。国道1号の南端。
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セブンマイルブリッジ

先日も3連休があったが、大好きな砂漠に行き、しかもまだ見たことのないエリアをあえて訪問するなど、肉体的に疲労すること甚だしいレベルで遊んできた。結果的にゆっくりブログ記事を書く時間などはなくなってしまったわけだが、今これを書いている時間はどうやって捻出しているかについてはあえて言わないでおきたい。

 

さて、なんで思考法が変化したか。実は、あれは2月末ごろだったか、自分が最も価値を置いていることは何なのかについて、真剣に考える機会を得たのだ。

 

そしたら、自分の人生においての最大の価値は「妻と共に< 楽しく >生きること」であることがはっきり認識できた。これを失った場合、例えば妻が死んだ場合、僕にとってアメリカで生活することも旅行に行くことも、殆ど価値を持たないことに気づいてしまったのだ。読者諸兄には申し訳ないが、長く人生を共にしてきた妻との生活が最重要価値であったというのはあまりにも真実過ぎて、もはやここに明言しても照れる気にさえなれない。

 

もう一つ、僕は自分の職業人としての価値に気づいてしまった。この数年の「修行」で、僕は日本時代には持っていなかった経験とスキルを得てしまった。しかも同じような経験やスキルを持つ人は、ほかに探してもなかなかいないことがわかってしまった。

 

日米に限らず、世界の取引相手と色々なジャンルの契約を取り交わす過程で、僕は日本語はおろか英語の契約書を20ページでも書けるレベルまで到達した(アメリカの契約書は分量と細かさが半端ではない)。先方と交渉し、アメリカ人の弁護士と毎日話し合っていれば当然と言えば当然だろうけど。

勿論日本で法務や人事として経験を培ってきたから日本の法律知識はあるし、日本の子会社の人事と法務もこのアメリカの地で統括する僕は、今でも日本企業との契約を見、作り、法律改正などに対応したり部下に指示を出す立場にある。更に、日本でのサラリーマン経験、渡米後に個人事業主をやった経験、そして現在の修行環境の中で、経営/事業計画もさっさと作れるようになった。

 

この経歴を知った転職エージェントによれば(僕は2月に、急に思い立って「エグゼクティブ専用」とうたう転職エージェンシーに登録してみた)、どうやら僕は食うに困らないらしいのだ。アメリカの日系企業で今の年収レベルを維持して転職先を探すのはそう簡単ではないが、日本でなら、まず食いっぱぐれはあり得ないようだ。日米ともに好景気で、50代の人間も十分戦力として見てもらえる中、少なくとも日本で食いっぱぐれはないとなると、心の余裕が違う。

 

「この会社を辞めることになったら、もしくはどうしても辞めたくなったらどうしようか。せっかく安定したのに。アメリカに居続けたいのに…」というのがかなりの精神的不安要素だったが、僕が過労で倒れるとか、そこまではいかなくとも妻との生活が忙しさで犠牲になってしまうような毎日をアメリカで送るくらいなら、別に無理してアメリカにいる必要はない。そう気づいた。そして「忙しさを嘆きながらアメリカ生活を維持する」という、意味の分からない自主的奴隷的思考から僕は解放された。

 

なので、ここ数か月、僕はもはや社長の評価などは気にならなくなり、自分のできることをできる範囲の中で一生懸命やっている。これに社長が万一不満だったら、「それはそれでいいワ。他に行くワ」と今や素直に思うことができる。アメリカに来て6年弱。サラリーマンに転向して2.5年にして、初めて気持ちよく開き直ることが出来ているわけだ。

 

くどいようだが「最重要の価値」は妻だった。妻といないアメリカに価値はない。妻と行かない旅行にも価値はない。妻との生活を形だけ維持して残業や休日出勤に明け暮れるアメリカ生活に意味はなく、そのような生活を強いられるならさっさと違う職場(そこが日本であれ)に僕は行けると知った。僕の思考が根本的に変化し、しかも腹に落ちている理由は、僕にとって最も大事な価値の再認識とともに、生きていくための仕事を、妻との人生を犠牲にしないでやれるということの確信に基づく。


笑ってしまうことに、プレッシャーをかけてきたのは自分自身だった。別にこれまでだって社長から何か言われたきたわけではない。週末に仕事をしたのも、何にでも責任を感じていたのも自分自身の性格からだ。そんなことを続けて、妻との生活を犠牲にしてどうする?アメリカにいてどうする?そう思っても開き直れなかった僕だったが、でももう過剰な自己犠牲は止めた。止めることができた。価値の再確認のおかげだ。そしてこの2年半の修行のおかげだ。良かった。気付けて。

あ、書くの忘れてた。以前から書いてきていた「サラリーマンをいずれ辞める計画」だけど、別にそれ自体は捨てていないので。妻と楽しく平和に生活しながら自分のやりたい方法で稼ぐ。これが最高の理想像なのは不変です。

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