アメリカという甘美な幻想

南カリフォルニアはオレンジ郡に住むオヤジです。妻共々サラリーマンでしたが、2011年にグリーンカードが当たり、アメリカへの憧れに抗しきれずに2012年10月に移住してきました。個人輸入代行やコンサルタントを生業にした後、2016年からは会社員(人事、法務など)に。移住する遥か前から積み重ねてきた様々な「アメリカ体験」も含めて文章に残すためにこのブログを書いていますが、会社員復帰以降は忙しすぎて更新は稀に。。。面目ない。

アメリカ

米東南部を巡る理解の更新(3-最終)

トランプ支持の源泉

前回からやたら時間がかかってしまい申し訳ない。忙しいのはいつものことだが、今回はパソコンの不調などもあって遅れてしまった。

トランプ大統領が、主としてアメリカの中流またはそれ以下に属する「白人保守層」から支持されて勝ったことは誰でも知っていると思う。しかし、その真の理由/原因についてはなかなか知ることはできないと思う。実際、父と兄が大統領だったジェブ・ブッシュやマルコ・ルビオなどを抑え込み、保守党内のレースで下馬評を覆せたのは何故か。これは僕にも疑問だった。

でも、前回述べたように、アパラチア以東の人々の一般的な特性、すなわちキリスト教原理主義的な考え方とその影響力を知って、その理由が見えた。すなわち、中流以下の白人保守層の一般的な思想、理想、希望、欠乏感、不満を最もくみ取れたのがトランプだった、ということだ。

この白人保守層の人々の多くがプロテスタントであり、大なり小なり大きな政府反対、銃器規制反対、中絶反対、同性結婚反対といった考え方に立つ。最右派になると進化論もビッグバンも認めないほどなだ。だから、昨今のアメリカは彼らには総体としてその反対に進んでいて「リベラルすぎる」ように見えており、大いに苛立っていた。

「自分たちの経済的苦境は我々の仕事を奪う移民のせいではないか?このような状況で何故オバマは健康保険の加入義務化などをするのだ?我々の税金を何故自分たちの意向に反して使われなければならない?誰に使っている?外国人?不法移民?異教徒?ふざけるな!」

こうした不満が募る中で、今までの保守政治家にさえ飽き足りなくなった中流以下の白人たち(多くの場合プロテスタントたち)とって、トランプは最も「良い候補者」だった。

当選して以降の言動からも、トランプが白人保守層の受けを意識していることは確かだと思う。たとえば中東から移民に関する無神経な、というかかなり野蛮と言っていい彼の政策を皆さんは覚えているだろう。テロ支援国の人間はグリーンカードの保有者お含めて一切アメリカに入国させないという、あれだ(後から撤回してはいるが)。

アメリカ(の白人たち)の利益を守る政治家であると思ってもらうには、仕事を奪う外国人の入国を規制する政策は当然打ち出したいところだ。しかもその外国人がイスラムならば、これ以上の大義名分はない。何故って、異教の外国人の入国を阻止しようとするトランプをプロテスタントが支持しないはずがないのだから。この際、政策が失敗または未遂に終わったかどうかは重要ではない。トライしないで信用を失う方がトランプには怖いのだから。

トランプは、その意味でしたたかだった。そもそも支持基盤はプロテスタントなんだから、そこにターゲティングした姿勢を見せるのはまあ当然のことだった。

僕が今「馬鹿だなぁ」と思うのはマスコミ、特にリベラルマスコミだ。多くのTVや新聞社は基本民主党寄りなので、トランプ出現以前から共和党側を叩いていたが、トランプが出てきて大慌てしダブスタ報道に拍車がかかった。

たとえば「不法滞在の移民を国外追放する」のは合法である。当然の措置とさえいえる。これを人道的観点から阻止したいなら正攻法でそう言えばいいのに、リベラルは対象者が「不法移民」であることを糊塗し「移民全体」に印象操作するのだ。公平に見て、トランプはそんなことは一切言っていない。

このSNSの時代、このような言論の矛盾や不公正はすぐにほじくり出される。結果、保守派の心に火をつけ、大統領選でのトランプの勝利や現在までの地位の安泰へと導いてしまった。

保守でもリベラルでもいいけど、ダブスタはもうやめないと。もう情報はマスコミだけのものじゃない。僕らは情報を与えられるだけの立場ではなく、情報を見抜き、自ら生み出すこともできる。近親相姦で妊娠しても中絶を許さない保守派や、北朝鮮を含む共産主義国家に手を貸すような左翼まで、アメリカには本当に多くの人たちがいる。僕はどちらに加担するのもいやだから正確で公正な情報が必要だ。「真実」や「公正さ」は「主義」の上にあるべきものだと僕は信じる。

ああ、最後はマスコミ批判というかダブスタ批判で終わっちゃった。以上、アメリカ東南部を巡る僕の理解内容の更新にかかるレポートでした。

カリフォルニアの住宅事情 ‐ 4畳半があったなら

サンフランシスコはもとより他のカリフォルニアの主要地域と比較してみても、あるいは世界の大都市の比較してみても、実は東京は相当暮らしやすいということがわかります。

野菜や果物など確かに高いですし一平米当たりの家賃も安くはありませんが、東京なら風呂のないアパートは
2万円台だってあるし、風呂付でも4畳半なら4万円台からありますよね。アメリカにはそういう選択肢がないんですよ。4畳半に住むという発想自体がないから。

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2016年当時、売手側が「盛り付け」した現在の我が家のリビング。ローン残りあと27年。。。

アメリカで最も狭いフロアプランは「Studio」と言うようです。基本トイレも風呂も台所も全部含まれている仕切りの一切ない部屋のことで、日本の「押入れがない、またはごく小さな収納しかついていない一間だけのアパート」のイメージに最も近いものです。


単身で住む場合ならStudioで十分ですが、では一体何平米からStudioはスタートするのか。調べてみるとオレンジカウンティ界隈では大体190平方フィート後半から200平方フィートくらいからでした。平米で言うと18.6㎡であり、畳でいうと11.5畳となります。最小で11.5畳か。やはり広すぎません?


11.5畳のStudio、サンフランシスコだと大体18万円くらいからでしたので、面積半分なら9万円で済みます。4.5畳で計算すれば7万円くらいになります。これならなんとかなりますね。

ところがアメリカでは4.5畳の単位でアパートを作るという概念がない。でも「18万なんて払えない」という人も勿論大勢いますから、例えば3部屋ある家を3人で借りるといった「ルームシェア」が行われます。

これだと34万円の家賃を3人で分担できますので、Studio18万円払えなくともサンフランシスコで生きていけます。まあ僕はサンフランシスコもシェアすることも両方嫌ですが。


「え?3LDKになったら2LDKより高いんじゃないの?」と思われた方、実はそうでもないのです。アメリカは(いや、日本でも)、同じ地域の同じ外部環境なら、通常は部屋数ではなく広さが家賃の基準になるので、同じ家賃で2LDK3LDKも普通に存在し得るのです。


ちなみにOCですが、全域検索の結果、300平方フィート(28㎡≒17畳)のStudioで家賃13万円というのが最安値でありました。でも、エアコンもなく、洗濯機置き場もありませんでした(ちなみに、大家に黙って壁に穴をあけることは無理なので 大家に告げても無理だけど - 独自にエアコンを設置したくてもそれはできません)。


選択肢が豊富となる賃料帯は15万円くらいからで、平均的な広さは500平方フィート(46㎡≒28畳)くらいのようです。こうした「安いところ」にほぼ共通する特徴は、洗濯機が置けるスペースが部屋の中になく、その代わりに敷地内にコインランドリーがあるというものです。また、駐車スペースは青空駐車場となっているか、そもそも駐車場がないため路上駐車しかできないところもあります。


こうしたアパートがもし4.5畳単位で造られていたなら、賃料は24千円で済む計算になります。多少不便でも汚くても、安く済む選択肢があればいいのにと本当に思いますが現実にはないので、これからアメリカに来る皆さんは、賃料相場や希望する地域の治安などを事前によく調査することをお勧めします。


治安は犯罪マップなどでもわかりますが、Google Earthでその住所周辺を見てみるだけでも雰囲気がわかりますよ。だいぶ前に書いたエントリーで述べたように、花や芝生がよく整備された街は治安がよく、そうでないところは治安が悪い。この法則はほぼ鉄板です。

カリフォルニアの住宅事情‐サンフランシスコという狂気

前回で終了したアメリカ東南部の旅行記の後は、その地域の様々な意味での特性などに関する考察を載せる予定でしたが、ちょっと違う話から書いてみたいと思います。


 ***

タバコの価格の話を取り上げた際、「サンフランシスコで4人家族が普通に暮らすには、世帯年収1千万円ではもう無理だそうです」と書きましたが、もう「無理」とかそういう次元じゃないみたいですよ。BBC20187月のネットニュースで、既にこんなことが書かれてました。

 

“サンフランシスコとその近くのSan Mateo郡とMarin郡では、4人家族の世帯年収が117,400ドル(約1300万円)が「低所得」とみなされ、73,300ドル(約800万円)では「非常に低い所得」とみなされる。この数値はアメリカで最高となっている”


は?1300万円が低所得?800万円で「非常に低い」って何?そんなバカな話、あります?これがあるんです。家賃が高すぎて話にならないわけです。
 

サンフランシスコの高賃料は、6桁(10万ドル≒1070万円以上)の収入を得ている家族を「低所得」と規定する状況に至っている。2ベッドルームアパートの同市での適正市場賃料は、1ヶ月あたり3,121ドル(≒33.5万円)で、2008年の1,592ドルのほぼ2倍になっている。一方、オハイオ州シンシナティでは845ドル(9万円)だ。 この住宅価格の差(270%)は、家族の平均収入の差(50%)よりはるかに大きい。(同ウェブサイト記事より)

 

というわけで、カリフォルニア、就中サンフランシスコエリアでは人々の賃金は高騰しているのですが、それ以上に賃料や住宅購入価格が上がってしまっており、それを主要な原因として「4人家族の世帯年収が117,400ドル(約1260万円)が低所得とみなされ、73,300ドル(約790万円)では非常に低い所得とみなされる」という状況に至ったというわけです。

 

なんだかピンと来ませんので、世帯年収をわかりやすく1300万円とし、扶養家族2名で税金社会保険関係控除率が大体25%くらい(本当はもっと取られるかも。401Kとかで源泉されるお金とか含めてないし)としてシミュレーションしてみましょう。額はすべて年間の額とします。

 可処分所得:975万円(1300万×75%)

家賃

400万(34万円×12

食費

60万円(三食全て家で作ったとして月に5万円×12

車関連

96万円(普通のセダンをリースすると毎月2万円。燃料代も2万。旦那さんと奥さんで1台ずつ必要なので毎月8万×12か月)

水道光熱

48万円(上下水道が月7500円、電気7500円、ガス5千円)

通信費

36万円(テレビ&ネットが月1万円、スマホ4台で月2万円)


ここまでで640万円が使われた。残金は335万円。


これに加え、消耗品費、被服費、医療費 - 仮に健康保険は全額会社負担、支払うのは通院した場合の自己負担分のみとしてもなお - などは、いくら払いたくないと言っても払わざるを得ないだろう。これらを合計30万でやりくりすると(恐らくこの見積もりは甘すぎると思うが)、残金は305万円(学費は高校まで公立ならただ)。

車の保険は年費用を一括で支払うが、カリフォルニアで何かあったときに入っているべき保険の内容を考えると、ミニマムでも15万円(但し2台カバー)はかかると考えるので、残金は290万円。


勿論まだ生命保険代は入れてないし、遊興費も入れていないし、車、テレビ、パソコン、家具などの買い替えや修理費用も含めていない。アメリカ人が大好きなペット(基本犬)の食費や健康維持費も入れていない。車のリース時は大体普通のセダンで20万は払うことになる。

1300万円の年収なのに、確かにきつい。やっぱり家賃の400万が尋常じゃない。


それじゃぁ年収800万円だったらどうなるんでしょう。

税と社会保険関係の控除が20%として可処分所得は640万円。あれ?これだと上の家賃から通信費までの支出合計だけで640万円だから、もうこれ以上の支払いは無理。破綻だ。なんてことだ。

カリフォルニアに住みたい方々、サンフランシスコ界隈の住宅事情(値段)は最悪のようです。南カリフォルニアならまだなんとかなります。次回はそのあたりを書いてみましょう。

米東南部旅日記(1):イントロ

やっとアメリカ東南部の旅の話です。ですが、今回の記事はただのイントロです。早く本編に進めや、とお怒りの諸兄。本当すいません。

 ***

日本でサラリーマンだった僕が、毎年のように有休を利用して妻とともにアメリカ本土(陸続きのアメリカ)をレンタカーで巡ることを無上の喜びとしていたことは何度もここに書いてきた。
2007年までに本土33州を制覇したことも、それ以降、2012年に渡米してからでさえもなかなかそのような旅ができなくなっていたことも、しかし昨年、フロリダに行ったことで34週目の訪問が叶ったことも書いてきた。


そんな僕と妻が427日から54日まで、南はジョージア、北はペンシルベニアまでの都合8州を巡るレンタカーの旅に行ってきた。さすがにカリフォルニアから車で行くわけにはいかず、前日(金曜)の夜10時に仕事帰りにそのまま空港(LAX)からアトランタに飛んだ。飛行時間は4時間弱だった。


この旅の計画当時の主たる目的は、まだ訪問していない州になるべく行くことだった。時系列で訪問した州および行程を示すと、ジョージアサウスカロライナノースカロライナバージニアメリーランドデラウェアペンシルベニア。ここまでが北上する旅。

ここからはワシントンD.C.(州じゃないけど)
ウェストバージニアバージニアノースカロライナサウスカロライナテネシー、そしてジョージア・アトランタに戻って終了という感じになる。全行程はおおよそ2500マイル(4000km)だった(下のGoogle Mapでは約2000マイルと表示されているが、実際の旅の経路はところどころ異なる)。


2019旅程
大体の行程

太字の8州に訪問したことで、本土における訪問済みの州は42州となった。残るはメイン、ニューハンプシャー、バーモント、マサチューセッツ、コネチカット、ロードアイランドの6州だ。紅葉を見に秋にでも行こうか考え中である。


さて、前述の通り、この旅を計画していた時に何を楽しみにしていたかと言えば、それは訪問していない州に行くことと、いくつかの主要な観光地を訪問することだった。なんというか、無邪気なものだった。気軽なものだった。だがアトランタから大西洋方面に向けてレンタカーを運転し始めてから1時間ほどで、なんだか旅の様相が変わってしまった。


その決定的な要素は、別エントリーで書いたが「教会」だった。大げさでなく、どんな田舎でも5分ごとに教会が出現するのだ。アトランタ空港を後にしてすぐにそれに気づいて注目してみると、それらはほぼ「バプテスト教会」だった。

この光景は、僕の「東南部は信仰に熱心な人が多い」という程度の薄っぺらな知識を呼び起こした。そう。それは知っていた。だが、ここまで教会の数が多いのは何故なのか。一体この土地はどういうところなのか。アメリカに関するその他知識を総動員してもこれ以上の想像をすることは出来なかった。


ちなみに、僕が2年半在籍した大学はいわゆるミッション系と呼ばれるもので、宗派はメソジスト派だったが、僕はこの旅の後に急いで調べるまで、メソジストの概要や位置づけさえ知識を持ち合わせていなかった。また、僕と妻が結婚式を挙げた教会はルーテル派だったが、なぜルーテル教会を選んだのかといえば、市ヶ谷という立地を好感した以外に深い意味は何もなかった。今考えるとお恥ずかしい話だ。


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右からバプテスト教会、ルーテル教会、母校(メソジスト)の教会

多くのバプテスト教会を目撃したことをきっかけに、僕はこの地域に関する歴史や問題を調べ、少し深く知ることになった。東部13植民地であったこの辺りにまつわる事柄は、基本的にはアメリカ建国や南北戦争などアメリカ合衆国の歴史の主要部分にかかわっていた。

また、日本や他州で暮らしていては想像するのが難しいほど、今も古い生活様式や思考に縛られている人が多いことや、アメリカで最も貧しいのはこの辺りだということも今まで以上に理解が深まった。


まあそうした話は別の機会にすることにして、次回からしばらくは「お気楽な旅日記」にお付き合いいただきたい。

アメリカ故に倍加する面倒くささ

皆さん、お元気ですか?

僕は、前回のエントリーで書いたように4月にフロリダに行ったり、7月にはYellow Stone - Grand Teton国立公園に行ってきたり、普段の土日も大体500kmくらいのドライブ(サンディエゴ方面が多いかな)を楽しんでいたりと、かつてのように心が揺れることもそんなになく日常を送れている。

そういえば前回触れなかったのだけど、フロリダは自分史上初めて訪問した州なのであって、2007年に(陸続きの)アメリカ48州のうち33州まで制覇してから苦節11年、ようやく34州目を開拓できた。来年は是非メイン州などの東海岸北部に行きたいと願っている。

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フロリダ西岸のクリアウォーターという町のビーチ
 

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お馴染みアメリカ最南端の記念碑?

それとイエローストーン。ここはワイオミングとかアイダホとか既に行ったことのある州にまたがる公園なのだが、やたらに行くのが不便な国立公園なため、初めてアメリカドライブ旅行を行った2002年以降ずっと保留にしていた場所だった。そのイエローストーン。勿論興味深い公園だったけど、それよりGrand Tetonの方が個人的には思い出深かった。何しろ風景が素晴らしかった。


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”天然温泉”(何故か間欠泉の写真がなかった。あんなに撮ったのに…)

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Grand Teton。この景色にはやられた。。。

 ***

こんな感じで中二病的自分探しにともなう苦悩を一旦終えて以降、僕の精神状態はまあ安定しているものの、この3か月、つい先日まで、全然別件で僕は参っていた。やたら面倒で鬱陶しいことが繰り返し起こって、マジにかんしゃくを起こしたくなるほどだった。それらの面倒くささは日本にいても起こりうることだけれど、恐らくその大半は「アメリカであるが故に倍加するもの」だ。

 

そもそもこの3か月の間に3回も風邪をひいた。胃に来たり腹に来たりしたうえ、これはいつものことだが寒気が凄い(僕は平熱が低いのでいつも寒がっているし、風邪の時の寒気は半端ない)。しかも8月下旬のある日、血尿が出た。慌てて検査をしたが異常なしで、どうやら薬、サプリ、食べ物がたまたま尿を赤くしたと判明し、事なきを得た。

 

この話における「アメリカ倍加ファクター」はオフィスの寒さだ。いつも設定が22℃くらいになっていて部屋単位での調整が許されない。ただでさえ普段から寒くて仕方がないのに、風邪をひくと地獄になる。なので、僕はオフィスで長袖4枚を着ている。南カリフォルニアで。信じられます?

 

勿論問題はそれだけではなかった。そんな体調の中、9月上旬にネットにトラブルが発生した。いきなり接続が切れ、長時間切れたままになるのだが、それが3日に一回の頻度で起こった。完全に直ったのは10月上旬だったから、4週間以上ネットが不安定なままだったが、勿論その間僕が手をこまねいていたわけではない。AT&Tには3回連絡しているし、直るまで検査があり、ルーター交換をし、最後には工事も行われた。

 

この件での「アメリカ倍加ファクター」はトラブルシュートのために相談するのに大変な時間や手間ががかかることだ。日本のようにメールは受け付けないし、電話番号は探しにくいし、つながりにくいし、ようやくかかっても自動音声が最初に対応してくる。しかも、もはやAT&Tは「要件ごとに何番を押せ」といった自動案内じゃなく、トラブルシュート自体をAIにさせようとしてきた。

 

「ドノヨウナ症状デスカ?」

「ネットの接続が切れた」

「カタカタカタ(キーボードを叩く音)」

「イツカラ始マリマシタカ?」

「1時間くらい前」

「カタカタカタ」

「ルーターノ接続ハ…」


「おいAI!お前が直すのかよ!」 途中でそう気づいた僕は「I need a human!」と叫んだ。すると、ほどなく人間が出てきた。皆さんもいつまでもAIに付き合う気がないときは「人間出せや!」と叫ぶことだ。

 

勿論問題はこれだけではなかった。今月上旬の日曜日。外出しようとして車に乗ろうとしたとき、ガレージの壁と床の境目から水が漏れだしているのを発見。どういう類の水漏れだか特定できず、何しろ「工事の人」をすぐに予約(受付は365日24時間対応する会社)。翌月曜朝工事の人が来て、壁に20㎝四方ほどの穴をあけ水漏れの状況を確認するも、「原因がわからんので、どこから漏れているのかの調査を誰かにしてもらって」と言って彼は帰っていった。


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壁を切り取られた時点でなお原因不明だった水漏れの様子


「いや、誰に頼めばいいんだよ。お宅の会社に調査部隊はいないのか?だれか推薦するとかないのか?」と思いながら、この案件は我家が属するコミュニティの管理会社に相談すべきと考えなおし、連絡を入れ、水曜朝に調査を実施してもらった結果、お隣さんのウオーターヒーターの水漏れが原因と判明。お隣さんに直ちに漏れを止めてもらい、かつ壁の原状回復工事を土曜にしてもらった。

 

この問題での「アメリカ倍加ファクター」は工事の人、ではない(いや、彼を挙げてもいいけど)。ウォーターヒーターそれ自体だ。日本のような瞬間湯沸かし器が普及していないアメリカでは、タンクにお湯を溜め、保温しておくウォーターヒーターが主流。そしてこのタンク、経年劣化等で容易に水漏れを起こす。そしてそれに気付くのが遅れると、また漏れた場所が2階とかだと、階下の損害が尋常でなくなることがある。僕の会社の同僚にも被害者がいるし、実を言えば僕自身、家のウォーターヒーターの水漏れを去年経験している(すぐに発見して交換したけど)。

 

勿論、問題はこれだけではなかった。6日前のことだ。4年くらい前にアメリカで入れた差し歯が取れた。この差し歯は5月くらいだったか、なんか固いものを噛んだら「バキッ」と音がして、そこから少しずつグラグラいいだしていたのだが、とうとう取れた。歯科医は、差し歯の接着用に残してある自分の歯が欠けていて緩んだのだと説明した。ははん。「バキ」はそれだったか。でもそのとき食べてたのはコウナゴ。固いもんじゃなかったんだけどなあ。

 

あ、勿論問題はこれだけではなかった。4日前のことだ。4年くらい前にアメリカで治した歯が取れた。差し歯だった。いや、これは前述のものとは違う差し歯なの。それがいきなり取れたの。2日で二本差し歯が取れたの。先週金曜にはめ直しに行ったけれど、「時間の問題でまた取れるよ」と歯科医に宣告された。そうなると、入れ歯かインプラントの二択しかないとも言われた。

 

この問題での「アメリカ倍加ファクター」は「工事の人も医師も、とにかくみんなアメリカ的マインドセットだ」ということだ。そもそも何でわずか4年前に入れた「高級差し歯」がコウナゴ食ってるときにバキっとなったのか。しかも何で中一日で2本の差し歯が外れたのか。そしてその差し歯を入れた歯科医が批評家みたいな言い方をしながら「次は入れ歯かインプラントか二択ですね」みたいなことをしれっと言えるのか。

 

まあ、もうそれはいいワ。とにかくこうしたことが起きて平日に対応すれば会社に遅れることになり、土日に対応すればせっかくの休みがフイになる。そして何より生活リズムが狂う。そういう面倒がたまらんのです。でもまあ下らない悩みっちゃ下らないわな、とも思ってますけどね。

フロリダとイエローストーンの旅行で感じたことや経験したことは、また別項を立てて書きたいと思います。では。

思考の転換

いつものように長いこと書かなかったが、それはいつものように仕事が忙しかったから、だけではない。実際には、忙しいとはいえ書くための時間は割けたのだが、休みの日ごとに非常にアクティブに行動してしまい、書くに書けなかったことが原因だ。

 

ただ、書くべきことは色々あった。まず最も重要なことは、僕の心の持ち方に関し、根本的な変化があったことだ。何度も書いてきたことだが、「渡米時の理想とは程遠く、今サラリーマンの境遇にあること」に関して様々な負の思考を抱いていたが、これを捨て去ることができた。別に無理やり負の思考をやめ、強引に思い込みを断ち切ったのではなく、本当に思考法を根本的に、素直に変えることが出来たのだ。これは後にまた触れてみたい。

 

次の要因は、今年に入ってからも忙しい日々は続いているものの、家で仕事をすることは極力やめることにしたことだ(このような「転換」も、実際は思考の変化によるものだ)。そのため休みの日は積極的に活動することとなり、ブログ執筆から遠のいた。

 

たとえば4月後半から5月の頭にかけて5連休を取り、妻と飛行機でフロリダに行き、レンタカーでエバーグレーズ国立公園やら内房の海岸やら外房の海岸(要は大西洋)やらキーウエストに行き、泳ぎ、うまいものを食べてきた。

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キーウエスト。国道1号の南端。
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セブンマイルブリッジ

先日も3連休があったが、大好きな砂漠に行き、しかもまだ見たことのないエリアをあえて訪問するなど、肉体的に疲労すること甚だしいレベルで遊んできた。結果的にゆっくりブログ記事を書く時間などはなくなってしまったわけだが、今これを書いている時間はどうやって捻出しているかについてはあえて言わないでおきたい。

 

さて、なんで思考法が変化したか。実は、あれは2月末ごろだったか、自分が最も価値を置いていることは何なのかについて、真剣に考える機会を得たのだ。

 

そしたら、自分の人生においての最大の価値は「妻と共に< 楽しく >生きること」であることがはっきり認識できた。これを失った場合、例えば妻が死んだ場合、僕にとってアメリカで生活することも旅行に行くことも、殆ど価値を持たないことに気づいてしまったのだ。読者諸兄には申し訳ないが、長く人生を共にしてきた妻との生活が最重要価値であったというのはあまりにも真実過ぎて、もはやここに明言しても照れる気にさえなれない。

 

もう一つ、僕は自分の職業人としての価値に気づいてしまった。この数年の「修行」で、僕は日本時代には持っていなかった経験とスキルを得てしまった。しかも同じような経験やスキルを持つ人は、ほかに探してもなかなかいないことがわかってしまった。

 

日米に限らず、世界の取引相手と色々なジャンルの契約を取り交わす過程で、僕は日本語はおろか英語の契約書を20ページでも書けるレベルまで到達した(アメリカの契約書は分量と細かさが半端ではない)。先方と交渉し、アメリカ人の弁護士と毎日話し合っていれば当然と言えば当然だろうけど。

勿論日本で法務や人事として経験を培ってきたから日本の法律知識はあるし、日本の子会社の人事と法務もこのアメリカの地で統括する僕は、今でも日本企業との契約を見、作り、法律改正などに対応したり部下に指示を出す立場にある。更に、日本でのサラリーマン経験、渡米後に個人事業主をやった経験、そして現在の修行環境の中で、経営/事業計画もさっさと作れるようになった。

 

この経歴を知った転職エージェントによれば(僕は2月に、急に思い立って「エグゼクティブ専用」とうたう転職エージェンシーに登録してみた)、どうやら僕は食うに困らないらしいのだ。アメリカの日系企業で今の年収レベルを維持して転職先を探すのはそう簡単ではないが、日本でなら、まず食いっぱぐれはあり得ないようだ。日米ともに好景気で、50代の人間も十分戦力として見てもらえる中、少なくとも日本で食いっぱぐれはないとなると、心の余裕が違う。

 

「この会社を辞めることになったら、もしくはどうしても辞めたくなったらどうしようか。せっかく安定したのに。アメリカに居続けたいのに…」というのがかなりの精神的不安要素だったが、僕が過労で倒れるとか、そこまではいかなくとも妻との生活が忙しさで犠牲になってしまうような毎日をアメリカで送るくらいなら、別に無理してアメリカにいる必要はない。そう気づいた。そして「忙しさを嘆きながらアメリカ生活を維持する」という、意味の分からない自主的奴隷的思考から僕は解放された。

 

なので、ここ数か月、僕はもはや社長の評価などは気にならなくなり、自分のできることをできる範囲の中で一生懸命やっている。これに社長が万一不満だったら、「それはそれでいいワ。他に行くワ」と今や素直に思うことができる。アメリカに来て6年弱。サラリーマンに転向して2.5年にして、初めて気持ちよく開き直ることが出来ているわけだ。

 

くどいようだが「最重要の価値」は妻だった。妻といないアメリカに価値はない。妻と行かない旅行にも価値はない。妻との生活を形だけ維持して残業や休日出勤に明け暮れるアメリカ生活に意味はなく、そのような生活を強いられるならさっさと違う職場(そこが日本であれ)に僕は行けると知った。僕の思考が根本的に変化し、しかも腹に落ちている理由は、僕にとって最も大事な価値の再認識とともに、生きていくための仕事を、妻との人生を犠牲にしないでやれるということの確信に基づく。


笑ってしまうことに、プレッシャーをかけてきたのは自分自身だった。別にこれまでだって社長から何か言われたきたわけではない。週末に仕事をしたのも、何にでも責任を感じていたのも自分自身の性格からだ。そんなことを続けて、妻との生活を犠牲にしてどうする?アメリカにいてどうする?そう思っても開き直れなかった僕だったが、でももう過剰な自己犠牲は止めた。止めることができた。価値の再確認のおかげだ。そしてこの2年半の修行のおかげだ。良かった。気付けて。

あ、書くの忘れてた。以前から書いてきていた「サラリーマンをいずれ辞める計画」だけど、別にそれ自体は捨てていないので。妻と楽しく平和に生活しながら自分のやりたい方法で稼ぐ。これが最高の理想像なのは不変です。

Yelpより駐在員の妻

明けましておめでとうございます。うん、遅いですね。

 

年末年始には16連休を取らせてもらい、そのうちの14日を里帰りに費やしたが、90歳の(妻の)父が直前に転んで足を骨折し、正月明けに手術。一緒に帰った妻も含め、この帰省はてんやわんやで終わった。ただ、父は2月になって退院し、今は自宅におり、入院中のリハビリもうまくいったようで状態はまあいいようだ。

 

で、もう2月も中旬に突入した。なんてこった。長期に休んだ分忙しさ倍増。あっという間に混乱と疲弊の1月は終わってしまった。でももうこの場で忙しさを嘆くのは極力控えよう。僕が今の状況を甘受する限り、忙しくないってことはあり得ないから。

 

で、今日は何を書くかというと、反動で軽い話を書く。

 

 ***

 

昨年夏ごろだったか、「駐在員の妻たち」が書くブログを読む機会があった。僕はグリーンカードが当たる20117月まではアメリカ旅行を楽しんでいる人のブログをよく読み、それ以降はアメリカで暮らす人のブログをよく読んで来たが、駐在員の妻のブログだけは全く読んだことがなかった。駐在員とは会社から一定期間アメリカに駐在を命じられ、その後必ず帰国することが予定されている方々であるので、永住を目的とする僕にとってその奥方たちのブログはずっと関心の外だったからだ。

 

では何故駐在員の妻たちのブログを読むようになったかというと、それはこの人たちの多くがやたらと食い歩きをし、その食レポを事細かにブログに書いてくれていることに気付いたからだ。僕は食が細く、しかも食えるジャンルも狭い。しかもしかも牛肉は好きだがタンはとてもじゃないが食えず、焼き鳥は好きだがハツだのミノだのはとても食えないというピッキーさだ。なので、新規開拓してがっかりするくらいなら、行きなれた店に毎回通っていつも食べているものを食べるほうを選ぶタイプなのだが、これだと妻が不満を溜めてしまう。

 

そこでYelpのようなお店紹介サイトを頼るのだが、何しろアメリカ人の方々と日本人の僕の基準は異なるので、結構「騙された!」と思える経験をしてきたわけだ。で、「確実に旨い店はないのか?」とネットで色々調べていた時に出くわしたのが「駐在員の妻」のブログだった。この方々、やたら食っている。信じられないほど色んなところで食っている。そして、さすが同胞。そこで紹介されていたある店(四川料理の店だったと思う)に行ってみたら、紹介通りに美味しかった。やはり彼女たちの食レポは信頼が出来る!というわけで、旨い店を見つけ出す確実性を上げるために「駐在員の妻のブログ」を頼るようになった次第。

 

僕はある店を殊更に宣伝する気はないし、店名は妻が記憶する役目を負っているので今まで行った店の名前なんかはほぼまるで思い出せないのだが、いずれにせよ僕がここで店名を書かないことは何の問題もないのである。そう。「駐在員の妻たち」がきっちり教えてくれるから。


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写真は昨年12月初旬に行った、コスタメサだったかどっかにあるスペイン料理の「何とか」という店の「何とか」という名前の料理である(うむ、食レポーターにも食ブロガーにも絶対なれないな、僕は)。スパニッシュなどまず食わない僕が妻に無理に連れていかれたのだったが、結果は非常にうまかった(皮肉なことに、ここはYelpで決めたんだけどね…)。

日本に住む皆さんに言っておくが、アメリカ(というかカリフォルニアというかオレンジカウンティー)は、本当に食のレベルが上がっている。こと和食以外に限って言うと、東京よりうまい店が多いとさえ感じることもある。しかもまだ発展途上のその和食でさえ、数は少ないが東京の普通にうまい店レベル以上の味を出せるところも出てきた(ま、前も言ったけど味覚は人それぞれだからこれはあくまで僕個人の感想ね)。

ただし、食の細い僕ら夫婦(二人合わせても体重100Kgさえない…)でさえ、そういう旨い店で腹いっぱい食べるとチップ込みで一人5千円から7千円くらいになる。だから旨いレストランはやっぱり安くはない。でも贅沢している気はないのです。だって僕らの平日の食費は、それどころか平日一日に使う飲食関係のお金は、おそらく二人合わせても一日1000円にもなっていないから。我家は「おとうさんのお小遣い、1日500円」という家です。

あと、アメリカは食べ残しを持って帰れる習慣があるのもいい。これは絶対日本も真似すべきと思うが、食べ残しを入れた袋を持って電車に乗るのはやっぱり少し躊躇しちゃうか。。。


ではまた。

トランプとマスコミとアメリカと

過激な歯の治療で歯痛はおろか体調を壊し、今日は自宅で静養することとなった。少しずつ書き溜めていたブログ用の文章がこの静養時間を使って仕上げられたので、かねてから宣言していた通りアメリカに住む僕のトランプ(敬称略)とマスコミに関する考察を今日は示したいと思う。言っておくが、長いよ。


◆トランプにまつわる報道の趨勢

「トランプはやばい」、というのは、彼の政策、言動が報道されるたびに多くの日本人も思うことだと思う。「アメリカを再び偉大に!アメリカをアメリカ人の手に取り戻す!」、というスローガンのもと、グリーンカード所有者でさえ、それが特定イスラム7か国から来た人ならば入国をも禁止するという大統領令を出したり(あとで一部撤回)、選挙中はメキシコに費用を出させて国境に高い壁を作るとか放言したり、大統領選中ロシアから協力を仰いだとか、北朝鮮に金正恩と同じレベルの言葉で応戦したとか、まあマスコミから聞こえてくる言葉は彼の「悪行」ばかり。アメリカのマスコミの趨勢は実際そんな感じだし、日本での報道ぶりもまあ同じような感じだろうと思う。

 

◆マスコミの「偏向」

ところで、僕が言う「マスコミ」というのは、CNNOne America NewsFox NewsNBC NewsABC Newsなどのテレビを指し、新聞は殆ど読んでいない。但し、新聞も含めてメディアがどのような論調であるかについては、インターネットで集約的に確認することが出来る。そして重要なことに気付く。それは、マスコミは「報道しない自由」を持っていて、自社の意向・論調が正しいと視聴者に思わせるべく、それに都合のいい事実は何度も時間をかけて報道するが、都合の悪い事実は殆ど報道せず、そして時に、事実の捏造さえ行うということだ。どこかの国に似ているようだが、今はアメリカの報道の話を続けることとする

 

ご存知の方もいると思うが、リベラルメディア、特にCNNとトランプは今鋭く対立している。トランプは、CNNの報道は「偏って」いて「捏造」まで含んでいて、虚報マスコミの代表格と位置づけている。現に彼はCNNの報道を「嘘報道(Fake News)」という率直な言葉で表現し、非難している。トランプが好きか嫌いかはとにかくとして、捏造はしてはならないことは誰にだってわかる。では「あのCNN」が、本当に捏造を行ったのか。

 

答えはYesCNNは、トランプが大統領選挙中にロシアから支援を受けていたという「疑惑」がある中、「米上院の諜報特別委員会は、トランプ大統領がロシアの投資ファンドと何らかの関係があり、かつロシアへの制裁解除に向けて大統領に近い人が動いているのではないかと調査をしている」といった内容の報道を行い、彼に追い打ちをかけようとした。しかしトランプはこれを「Fake News」と断じ、結果CNNは実際にこの報道を取り下げ、これに関わった3人の社員を解雇し、謝罪に追い込まれてしまった。

 

そもそも、大統領がトランプに代わってからアメリカの雇用が大幅に増え、明らかにアメリカの景気は良くなってきていることなど、CNNはもとよりNBCCBSなど大マスコミは殆ど報じていない。そんなことを報じてしまったら自社の意向・論調に都合が悪いからだ。CNNは民主党を支持しており、トランプを追い落としたいわけだが、その目的のために「偏り」を飛び越えて「捏造」という明らかに誤った手段を使ってしまったのだった。ただ、CNNが謝罪したことを知っている人はそうはいないはずだ。だってこれもやっぱり殆ど「報道されていない」のだから。

 

◆アメリカマスコミは政治思想を隠さない

アメリカではマスコミは自分の支持政党を隠すことはない。CNNや他のキー局はリベラル(民主党)であるし、FOXは保守(共和党)側だということは誰でも知っている。但し、これらが牽制しあうことも多いので、「嘘をつきっぱなし、捏造しっぱなし」はなかなか出来ない構図になっている。その意味で、どこかの国よりはマシだと思うが、やはり今はその国の話ではなくアメリカの話を続ける。

 

僕自身、政治的な考え方をマスコミが表明することは悪いとは思わない。むしろ是非自社の立ち位置は明確にしてほしいとさえ思う。件のCNNABC NewsNBC Newsなどのメジャーなテレビ局の報道チャンネルはほぼ全てリベラルであり、例外はFOX Newsくらいである。新聞はある程度左右均等な感じがあり、例えばNY Postは保守系だがNY Timesはリベラルであるといったように、都市ごとに左右の新聞社が一定のバランスで存在している感じがする。

 

このようにメディアが自社独自の政治的なスタンスを持っているということについてはアメリカでは公知なので、支持する陣営には好意的に、支持しない陣営には厳しく報道を行うというのもある程度当然視されている(ただ、それが公正で適切だと広く認識されているという意味ではない)。但し、前述の通りリベラルと保守は互いに牽制してメディア同士で批判しあうので、ある程度健全性もある。だから一たび一方が捏造でもしようものなら、他方のメディアがこれを報道し、追及する。

 

しかし、自社の論調や意向に沿わない事実を故意に報道せず、自社に都合の良いところを切り貼りして編集し、挙句捏造するという行為は政治的な立ち位置を超えて人間としてあってはならないと思う。そのメディアしか見ない人には、報道されないことは存在しないも同然になるし、繰り返しデフォルメされて報道された内容は、あたかもそれのみが真実のように印象付けられてしまうのだから。もう一回言うが、こんなことは左右関係なく許してはならないことだと思う。

 

◆ネットユーザーの反撃

但し、このネット時代に、そのようなやり口に気づいている人たちは非常に多く、現在守勢に回されたトランプ支持者などは特にこのマスコミのやり口に怒り心頭の状態である。トランプもマスコミとの対峙を厭わないタイプなのでCNNなどの左派系メディアの「捏造報道」を攻撃しているが、ネットユーザー(恐らく大半は保守よりの人々だろうけれど)も負けじとYoutubeTwitterなどのSNS上で「左派メディアのFake News」を盛んに非難している。

 

いずれにせよ、「トランプは危険だ、当選させてはならない、当選したのなら早々に降ろすべきだ」というような意図が先にあって、これに沿うようにリベラル系のマスコミは報道内容を構築する(オバマの時は保守系のメディアがそうしていたかもしれない)。捏造は論外として、そもそも自分の論調や意図に合わせて都合のいい事実のみを使い、都合の悪い事実は報道しないという手法で伝えられた情報は情報に値するのだろうか。何故「是々非々」や「両論併記」といった公正なルールがアメリカでも日本でも当たり前になっていないのだろうか。

 

◆僕の政治スタンス

僕は自分の政治的な意識を考えると、どうやら保守側に分類されるのだろうと自覚しているが、僕自身はリベラルの側面だって山ほど持っていると思っている。オバマケアには賛成している(どころか健保を国営的にしなかったのは生ぬるいとさえ思っている)し、銃規制だって当然だと思っている。なので、「保守かリベラルか」という政治的な分類自体には殆ど興味がない。僕にとって、全ての「主義」の最高峰に位置すべきは「ダブルスタンダードの禁止」という考え方の遵守だと思っている。ダブルスタンダードほど人品を欠いた行為はないと思うからだ。

 

人にはあれこれ言うくせに自分はそのルールの適用外にいる。こういうのが許されていいはずがない。そういう輩が法や倫理を説こうとするのを見ると、僕は本当に吐き気を催してしまう。要するに、「お前が言うな」ってことだ。そしてマスコミは、僕もかつてFM局に勤めていたからある程度実態を知る者として言うが、総じて「お前が言うな」と言われるような存在でしかない。「報道しない自由」を駆使し、ダブスタで「敵」を攻撃する。ダブスタでタレントの不倫を断罪する。おいおい、マスコミの中で不倫なんかやってる奴、僕は山ほど知ってるっつーの。高潔な人間ならダブスタだけは恥ずかしくてやれない。人様に意見を開陳するならそのくらいの矜持を持てよ、と僕は心底思う。
 

他方ネットも「玉石混交」と言われている。それはその通りだろうけれど、繰り返すがそんなもん大手マスコミだって同じだ。いや、もっと醜いとさえ思う。視聴率が欲しい。部数を伸ばしたい。よし、センセーショナルに行くぜ。おっと、政権寄りに発言すると左系の抗議は半端ないから基本は政権批判で面倒は最小化しとけよ、とかね。その程度でしかないのによくも偉そうな物言いが出来るものだ。そしてそのことを世界的に気付かせているのはネットなのだから、大マスコミがネットを批判するのを聞くと片腹痛くなる思いだ。

 

◆知人たちのトランプ評

前にもここで少し書いたと思うが、トランプに関するアメリカ人の思いは全く人それぞれだ。12年前にアメリカ旅行をしているときに偶然出会って以来交流があるミネソタの白人夫婦カーラとトムは共和党支持でオバマが大嫌いだ。オバマケアは彼らの苦しい生活を破綻させるかのような重い負担だという。彼らには国民皆保険制度なんて要らないし、政府にそんなものの世話を頼む気はないから放っておいてくれ、と怒っている。しかし、彼らはインドネシア人をホームステイに招くほど心優しい人たちであって、白人至上主義者なんかじゃない。

 

6年前に会社からリストラされて今自営業をしているサンディエゴの白人中年男性デイヴィッドは、不法滞在のメキシコ人やフィリピン人が許せないと言っていた。彼らは英語を話す気もなく、アメリカ文化に馴染もうとせず、ただ雇用を奪うだけ、だからだそうだ。当然トランプ支持だ。だが彼も白人至上主義者ではない。何故なら黄色人種の僕に対し、旅先で友好的な雰囲気で話しかけてきたのは彼の方だからだ。

 

逆に、僕が引っ越す前に住んでいたコミュニティーで仲良くなった白人男性ダグは、トランプをヒトラーと同一視するほどの危機感を持っていたし、最も親しくしていた白人男性キャメロンとその妻の白人女性ジェアンディは、トランプの支持者は「頭が悪いやつばかり」と明け透けに言っていた(但しヒラリーも嫌いだった)。

 

同じ白人でこれだけ違いがあるのだが、いずれも「普通のアメリカ市民」だ。そして僕は、彼らの政治的な思いに良否や甲乙をつけるつもりは全くない。アメリカは彼らの国であるし、彼らの民主主義の下で行われた選挙の結果、今回たまたまトランプ政権が出来たのであって、よそ者の僕がとやかく言う気は全くなかった。ただ、トランプにせよヒラリーにせよ、彼らを選ぶための情報はマスコミがもたらすものだから、僕は彼らの意見を聞くたびに「情報操作に踊らされた結果の意見でなければいいね」と心の中で思ったものだ。

 

◆僕個人の感想など

トランプがアメリカを分断しているという論調があるが、これは違う気がする。というか、ダブスタがここでも出ていると思う。トランプは不法滞在の外国人やイスラム過激派への強硬な対応を言い、「アメリカを自分の元に戻す」というスローガンを掲げて白人中流階級未満を中心に支持を得た。これがリベラルからの怒りを買った。それは間違いないのだが、オバマもこれまで自由意思で決めていた保険加入を国民に強制し、リベラルにさえ弱腰と言われた外交で「小さな政府(政府が持つ権限は軍事などにとどめ、他の税金の使途は国民が決める、みたいに政府の国民生活への関与を最小化する考え)」を旨とする保守派の大いなる怒りを買った。トランプがやっていることをアメリカの分断と呼ぶなら、オバマのこともそう言わないと公平な意見ではないだろう。

「北朝鮮と一戦交える可能性があるではないか。好戦的で危険すぎる」、という人もいるかもしれないが、トランプが大統領でなくても「やらざるを得ないときはアメリカはやる」のであって、外交・軍事に関する指導力や戦略のまずさから左右両方から非難を浴びたオバマでさえ、アフガン、イラク、シリアには軍事行動を行っているし、アルカイダのウサマ・ビンラディンを殺害したのはオバマ時代の米軍特殊部隊だ。もしオバマの軍事攻撃は責めずにトランプの北への強硬姿勢のみをあげつらうなら、それこそダブスタそのものだ。こういうのが積み重なってマスコミ不信が起きているのであり、アメリカが分断されているのだとしたら、その張本人は一義的にマスコミだと僕は言いたい。

 

なお、僕の住む南カリフォルニアにおいては、僕の感覚値では分断は起きていない。もう人種のるつぼと化しているこの地では、互いに分断しがたい依存関係が出来ているとさえ言える。白人は基本裕福で、むしろ肉体労働をしてくれるヒスパニックの人などがいないと困るし、黄色人種も基本裕福で、かつ子供たちは皆頭が良く犯罪も起こさない。ただ、残念ながら黒人のことはよくわからない。南カリフォルニアに住む黒人が少ない上に、住んでいる場所も限定されていて、あまりお見掛けしないからだ。

 

ビザ取得はトランプになってから明らかに厳しくなっている。移民弁護士とやり取りすることの多い人事の僕が言うのだから嘘偽りのない事実だ。弁護士は、「E(投資家)やL(駐在)は昔なら簡単に受かっていたのだ、最近急速に落ちる人が増えている。これは間違いなくトランプ政権になってからの傾向だ」と言っている。なので、そのような報道を目にしても「マスコミの偏向」ではないことを公平を期すためにお伝えしておく。しかし、日本人のグリーンカードホルダーまで国外退去させられる、といった心配は無用だし、そんな事実も兆候もない。もしトランプがそんなことをやったら、アメリカは全体としてそこまで愚かではないから、彼の政治生命は即座に終わり、司法は大統領令を再び却下し、我々の地位も短期のうちに回復するだろうという確信がある。僕はそのようなことが生じるとは思っていないし、仮に生じても特に不安はない。

◆最後に

ここまでの流れから、僕をトランプ擁護派寄りと思った人も多いのではないだろうか。しかしさっきから繰り返し言っているが、そうではないのだ。僕はマスコミの恣意的な偏向と捏造は人倫にもとる、と考えているのであって、保守的な考え方をするからといってトランプ擁護派と言われても困るし、逆にリベラルな考え方の部分をもってオバマ・クリントン支持派と言われても困るのだ。

 

そして最新のトランプ評を言うならば、やはり彼は「馬鹿なのかもしれない」と思っている。先日バージニアで白人至上主義者とアンチがぶつかる事件があり、今もアメリカでは大きな話題になっている。で、まさに昨夜寝る前に見ていたCNNでは、「トランプがあり得ない発言をした」と糾弾していた。白人至上主義者とカウンタ―側の対峙による暴力の発生で死者・負傷者が多数出たこの状況で、トランプは「喧嘩両成敗」とか「両陣営にいい人々が存在する」というような発言をしたが、これは断じて許されないというものだった。

 

正直に言って、この時点では僕はトランプの発言をそんなにおかしいとは思わなかった。白人至上主義者といえど、結社の自由や言論の自由を行使するのは憲法で守られた権利であり、そこにカウンター側が実力で止めに入ったために暴力がエスカレートしたのだから、いかに白人至上主義者の言葉が過激でも、カウンター側の行いが言論封殺にあたるという解釈は当然にできる。だから、憲法遵守の立場に立てば、むしろカウンター側の実力行使のほうが問題だと考えることも出来るはずなのだ。

 

だから僕は「CNNお得意の切り貼りとレッテル貼りが始まったのか」、と思ったのだが、次いで見過ごせないVTRが流れた。白人至上主義者は、ナチのようないで立ちで、松明を掲げ、「ユダヤ人は要らない」とか「白人の生活こそ重要だ」と唱えながら闇夜を行進していた。特に前者の発言は、憲法が認める言論の自由を逸脱していると言われても仕方がない。ナチのような服装で、ドスの効いた声で、少なくとも法的根拠の基づいていると考えられる「不法移民は出ていけ」ではなく特定の人種・宗教信奉者であるユダヤ人への差別的な言葉を叫んでいるその光景に、是々非々で言ってCNNの言い分の方が正しいと僕には素直に思えた。

 

だから、この状況にもかかわらず喧嘩両成敗だとか両陣営にもいい人はいるなどという言葉を発したトランプは、馬鹿以外の何物でもないと思えた。ごく少数の白人至上主義者(というか人種差別主義者)の支持はキープできても、マジョリティーの保守派でさえ眉をひそめるこの発言は、支持率の低下に拍車をかけるだけだろうし、勿論これはCNNの虚報でもない。これで一体、彼はどうやって自分の政策の正当性を担保し、そしてそれを実行する基盤を維持することができようか。次いで、リベラル思想の持ち主で著明な映画監督のマイケルムーアがゲストで出演し、「トランプはレイシストであり、今なお彼を支持するという者は同様にレイシストだ」と繰り返し言っていたが、彼を嫌う保守層にも相当な説得力があるだろうと感じた。

結論。トランプは強硬な保守思想の政治家以前に幼稚で馬鹿だ、というのが僕の意見。でも、だからこそ時間の問題で淘汰される存在だと思っている。なので、前からそうだったが、ここまで馬鹿であればなおのこと、アメリカ居住の日本人として彼への恐れは僕は全く感じていない。北朝鮮との軍事衝突に関しては、起きる可能性は否定しようがない。でもそれはトランプが交代すれば起きないというのは間違いだと思う。北のような非人道的な国は許してはならないというのはアメリカ人の大半の考え(≒正義感の発露)なので、保守もリベラルもやるときはやるのだから。

ではまた。

Help!

凄まじい忙しさがここまで書けなかった理由だ。書く気力が起きないほど忙しかったし、何を書いていいかわからなくなるほど、今の人生の在り方にこれまでにないほどの疑問が生じていた。いや、今でもこの疑問は残っている。疑問とは、「サラリーマンとしてアメリカにいること」だ。

 

ところで、"Help!"という曲がある。John Lennonが作ったビートルズの曲だ。下に大意を書いたが、結構長いので適当に読み飛ばしてもらってもいい。

 

 今よりずっと若かったころ、俺は他人を必要とすることはなかった

 でも最近は自分に自信を失いかけている

 だから俺は心を入れ替えた。自分の心の扉は開放しないといけないんだ

 出来るなら助けてくれ、俺は今落ち込んでいるんだ

 そばにいてくれるのなら心から感謝するから

 俺がもう一度足元を見直せるようにどうか助けてくれ

 どうかどうか俺を助けてくれないか

 

 もう人生はすっかり変わってしまい 俺の独立自尊は雲散霧消したかのようだ

 そして時々不安に苛まれる かつてないほど、俺には君が必要だ

 出来るなら助けてくれ、俺は今落ち込んでいるんだ

 そばにいてくれるのなら心から感謝するから

 俺がもう一度足元を見直せるようどうか助けてくれ

 どうかどうか俺を助けてくれないか

 

ざっくりこんな歌詞だ。Johnは若い女の子の受けを狙って恋愛ソングっぽい響きになるように「君が必要」といった歌詞を組み込んではいるが、彼はこの曲で、それまでの自信たっぷりだった自分が、今や己を見失いつつあることへの不安を吐露していた。よく25歳くらいの若者がこんな歌詞を書いたものだ。

 

 ***

 

サラリーマンとしてアメリカで生活する想定は、元々渡米時にはなかったことはここでも散々書いてきた。そもそも20113月時点で、サラリーマンとして生きることを辞め、外国人相手の行政書士か個人輸入代行で生きようとしていた。その時47歳。まだグリーンカードは当たってもおらず、妻が秘かに応募していたことさえ知らなかった。その年の夏にグリーンカードが当たり、アメリカで生きる決断をし、生きる手段として選んだのは当然行政書士ではなく代行屋の方だった。主力となる代行対象商品をアメリカ版iphoneに定め、実際201210月に渡米して輸入代行屋を開業した。

 

代行屋の生活には確かに多くの苦難があったが、何とか顧客の支持を受け、2014年に円安やアメリカ版iphoneの日本版に対する比較優位性の低下によって業態転換待ったなしになるまで、慎ましいながらも生活を続けることが出来た。個人事業主として生きることが僕のしたいことだったから、生活が苦しいからといって辞めたいとは全く思っていなかった。ただ、そのままではいずれ生活が立ちいかなくなるのはわかっていた。

 

何をして生活の糧を得るか。毎日あれこれ考えている中で、20153月に日本でのコアスキルだった人事の経験を活かして人事評価制度をコンサルとして作る仕事を得た。まごうことなき個人事業主の仕事だ。だからこの時はまだ「自由」だった。自分を拘束するのはあくまで自分であり、いいものを作り上げるための時間配分も作業方法も、全ては自分次第だった。顧客が自分のサービスや成果物に納得しなければいきなりサヨウナラ。降格も減俸も異動も経ず、契約終了か解除、下手すれば損害賠償という結果があるだけ。確かに身分は安定しないが、そのようなスタイルが僕は好きだったし、今でも好きだ。

 

201510月、人事制度一式を完成させる目途が立ち、12月に予定通り契約が終了することになった。さあ、次に何をして生活の糧を生み出すか。コンサルで得た収入は日本でのサラリーマン時代の金額に匹敵し、生活は非常に安定したが、では1月から何をすべきか。僕はカレー屋をやりたかった。または、アメリカへの移住希望者への援助サービスというアイディアもあった。

 

しかし、僕はそれを実行に移さなかった。10月下旬、コンサルとして人事制度を納入した会社から社員として入るようお誘いを受け、これを受け入れたからだ。しかし本当の要因はそれではない。僕には、自分が考えている起業アイディアを実行に移す自信も胆力もなかったのだ。せっかくのオファーを断って自分のこだわりを貫いたとして、最低限生きて行けるだけのお金を生み出せるのか。僕はその自問自答の果て、「サラリーマン的安定」を選んだ。

 

個人事業主であれサラリーマンであれ、最終的にはお客様からお金をもらって生活している。その意味では何も変わらない。顧客の支持がなければ企業も個人も成り立ちはしない。ちなみに、僕ほどその思い(=顧客の支持が全ての源泉)が強い人間は、僕の知る限りサラリーマンにはそんなに多くはないだろうと自負している。ではサラリーマンと個人事業主の違いは何か。それは働き方の違いだ。もう少し狭く定義すると、サラリーマンは「自分流のやり方」を組織の中で貫き通すことが出来ないということだ。当たり前のことだが、これが僕には苦痛なのだ。


 *** 

サラリーマンになってからも、時間があればLas VegasDeath Valleyに行ったり、カリフォルニアに住んでいればこそ気軽にできることを楽しんできた。しかしこの半年は、大好きな砂漠の一本道を運転中に、Vegasの人混みに紛れて目抜き通りを散策中に、会社のことが頭をよぎってしまい、楽しさも半減していた。自己分析してみれば、理由はこうだ。

 

サラリーマンである限り、自分に決定権があるなら絶対そんな判断はしない、または自分ならそんな方法は取らないといったことでも、会社の方針に従って決められた手法で対応し、かつ成果を出さなければならない。それが僕にはバカバカしくて仕方がない。なのに、そこまでバカバカしいと思う環境から抜け出すことが出来ず、しかもいい加減な仕事はしてはならないし、結果を出さなければならないというプライドもある。結果、バカバカしいのに真剣に対峙してしまい、休み中にさえ割り切って自分を解放することが出来ない。

 

仕事をいい加減にやったり評価を気にしない神経があればまだいいが、余計なプライドが邪魔して自分の時間を犠牲にして仕事のことを考える。(僕からすれば)無意味な仕事を命じられたこと自体に苛立つ。そして、そんなことに自分の時間を犠牲にしている事実に段々腹が立ってきて「僕に完全な自己決定権があれば、こんなバカげた状況からサヨナラできるのに」と思うが、現実はサラリーマンのままなのだからそのような願望は決して果たされることはなく、結果として現状を嘆き、苛立ち、苦痛に感じるという無限ループが続いているわけだ。このような心の在り方は、確実に身体にも悪影響を与えるので、この半年は体調不良との戦いをも強いられることになった。

 ***

 

ここまで仕事に疑問を抱きながらやっているが、仕事から逃げているわけでも結果を出していないわけでもないので、幸い僕は会社ではそれなりの評価を受けている。それ自体はとても有難いことだ。でも、「働き方」自体に違和感があるのでは、評価されてもされなくても苦痛は緩和しない。僕には僕が思う優先順位があるが、組織はそう考えてくれるとは限らない。僕には最も効率的な働き方や作業方法があるが、そのまま組織には持ち込めない。いつ休み、いつ働くか、または何時間仕事を継続し、何時間休憩を入れるか。僕は、必要があれば20時間連続で働くことも苦にならないが、この必要性を自分自身で決める自由がサラリーマンは制限される。結果として、僕は自分の流儀を犠牲にして組織に合わせるという生き方を選んでしまっているわけだ。

 

これを「考えが甘い」と指摘する人がいるならば、お門違いだ。僕は自分の流儀を会社が受け入れるべきだとは露にも思っていない。自分の流儀で働きたいなら、早いとこ個人事業主に戻るべきだと思っている。しかしそうしない自分。そうできない自分。それを嘆いている自分。そこから脱却できないのはひとえに僕自身の責任だと強く自覚している。自己決定の自由。僕が渡米前から希求していたものはそれでありながら、今はそれを行使できている感じが皆無な状況。その原因は会社ではなく、100%自分にある。自業自得だ。

 

だから、この苦痛に終止符を打つ方法は結局一つしかない。サラリーマンとして生きる生活を辞めることだ。「会社員は皆多かれ少なかれバカバカしさや不条理とうまく付き合いながらやっている」という意見には同意する。「それでも不満があるなら、さっさと辞めて個人事業主でも俳優でもホームレスでもなんにでもなれ」という突き放した意見にも100%同意する。いや、完全な正論だと思うから。

なので、あとはいつ実行に移すか、だけ。サラリーマンを辞めてから、ではなく、続けながらどう準備していくかが重要。そう心得ております。

以上、ちょっと重かったですね。でも、このテーマで一回書いておかないと、いつまでも軽い話を書く気が起きないと思ったんですね。だから次回こそは「自分関係の重い話」ではなく、トランプのこととかカリフォルニアの日本食屋のこととか、そういう話を書きますね。それではまた。


え?アメリカの会社でもそんなにキツいのかって?まあ
僕が勤めているのは在米日系企業だから、普通のアメリカ企業より「日本の会社」の感じに近いとは思うけど、サラリーマンが個人事業主に比べて自己決定権がない/少ないのはどの国も一緒です。だから僕のように自己決定の自由が最重要だとかほざく人間は、どの国に行ってもサラリーマンはやらない方がいいのでしょう。一方日本でサラリーマンとしてやってこれた人なら、アメリカの企業なら日系であれ何であれ務まりますよ。あ、日系にはビザのスポンサーの地位を利用したブラック企業は一部ですが存在するようだけど。。。

忙しかった。いやマジで。

明けましておめでとうございます。。。って、遅すぎですね。
 

忙しさという意味で凄まじい2016年が凄まじいまま終わり(1231日、冬期休暇の中自宅で仕事をしていたワタクシ)、なんだかわからないまま2017年が来、4日からまた忙しい日々が始まった。もう「忙しい」という言葉は本文だけでは足りないのでタイトルにも入れてみた。

と書いていたのは、実は1月7日くらいのこと。ここから下の文章も基本はその頃に書いたもの。でも、忙しくてフィニッシュできず、今日1月24日火曜の朝に、やっと完成に向けて再度書き出した。何でそんな時間があるのかと言えば、昨夜から体調が悪く、午前中は会社を休むことにしたため。寝てなきゃいかんのだが、未完成のまま1月が終わるのは避けたくて書いてます。

 *** 


何もこの忙しさは仕事由来だけではなかった。このブログで以前に書いたように、昨年3月くらいからぼちぼちやっていた家探しは、糞忙しい11月に一応満足できる物件が見つかったため「逃してはならじ!」と購入に踏み切ったことで、そこから日本とは全然違う複雑・煩雑な購入手続きに長期間追われてしまった。

 

かてて加えて、それまで住んでいた家(2012年の渡米時に買ったもの)は売らないで貸すことにしたことで、とんでもない重荷を抱えた。そもそも新しい家の購入に必要な頭金は、渡米時物件を売って作るつもりだったが、それを担保に金を借り、新しい家の頭金に使うことにし、借りた金の返済は店子からの家賃収入で賄うという作戦を妻が考えたことでこの苦行は始まったのだった。

なんか複雑だな。要はこういうこと。

 1)渡米時に買った家を担保に金を借りる(ローン1)
 2)その金を新しい家購入の頭金に使う
 3)渡米時購入の家を人に貸し、その家賃収入はローン1の返済に充当
 4)新しい家のローン(ローン2)は普通に払う
 

 つまりワタクシ、今ローンを2つもっているわけ。でもローン1は店子からの家賃で払っているので、実質ローンは1個だけってわけ。


なんでこんなことをしたのかと言えば、詳しくは別の機会にお話しするが、確かに様々なデータからは、家の価値が長期的に見るとずっと上昇している南カリフォルニアでは、渡米時物件を現在の市場価格25万ドル(約2700万円)で売るよりも、手放さずに担保にして銀行から必要額(11万ドル≒1200万円)を借り、これを頭金に使う方が賢いと判断できたからだ。

問題は、その決断のせいで今度は大家として渡米時物件の借り手探しをしなければならなくなったことだった。それで
以下のことを同時に進めることとなって、忙しさに拍車がかかった。

 

1)新しい家に問題がないかとかを調べる実地検分(売主との丁丁発止)

2)渡米時物件を担保にローンを借りる手続き(金融機関との手続き)

3)新しい家を買うためのローン手続き(金融機関との手続き)

4)新しい家の購入それ自体に関する手続き(売主との契約)

5)渡米時物件の借り手探し(Craigslistを作成し、募集)

  ※Craigslistとは無料の情報掲示板みたいなもの

6)Craigslistを見て連絡してきた人への問いわせ対応(メール、テキスト)

7)その中でも物件を見たいという人のための内覧会の開催

8)店子の選考(彼らの収入や仕事などから借り手を決める)

9)賃貸契約書の作成・締結

 

 

ね?ただでさえ仕事が糞忙しい中、こんな案件を抱えたらどうしようもないですわな。。。

 

まずは1)から4)についての状況を説明しよう。

 

そもそも、買いたい家が見つかれば、まずはその家がどんなコンディションかを調べる。専門家とともに家を見る(診る)のである。すると色々な問題がわかるが、その状況を基に①売主に直すように言うか、または②こっちが直すから直すための金を出せと言うか、または③値段を下げるよう交渉する。当然売主とは神経戦になる。

 

しかし次からが本当に大変だ。アメリカの不動産売買は、とにかく日本と違い煩雑で素人では意味が分からない。だから自己売買は全然活発じゃない。その代わり売主買主双方のエージェントが活躍するのだが、現代ではスマホ上でほとんどの契約手続き(電子署名)が出来るようになっているため、不動産ブローカー、ローン会社、エスクロー(登記屋)から、仕事中も会議中も容赦なく電話、メール、テキストがジャンジャン入ってくる。

 

しかも、もしこれを無視して手続きが遅れると、下手すれば売買契約やローン契約が無効になるから、11月以降はいちいち仕事中に社外に出てスマホでピコピコ手続きをしてたものだった。そんなことが1か月続き、12月に入ってやっとすべての手続きが終了した。

 

そして5)以降だが、渡米時物件を売らずその大家になることを選択したため、まずやったのがCraigslistの「家を貸しますセクション」用に文章を作り、家の写真を撮って載せることだった。空き家期間を可能な限り短くしたかったので、相場より少し安めの値段設定にしたら反響が抜群によく、山ほど(30組以上)来るメールでの問い合わせに毎日忙殺され、そして土日(2週分)は多くの希望者に家を見せることになった。結局15組が実際に土日に家を見に来、11月の終わりに店子が決定した。

 

しかしそれだけでは終わらない。9)の契約書のパートだ。僕は不動産屋に管理を委託しなかったので、旧我家のリース契約書は自分で作るしかなかったのだ。テンプレートは山ほどネットに転がっていたが、それをそのまま適用できるわけではない。

 

「こんなんでいいのか?通じるのか?」

「ネイティブの店子が理解できるのか?」

「文句は言われないのか?」

 

と不安いっぱいな中、都合20時間以上かけ、自分の貸す家の状況に合わせ様々に条項をカスタマイズし、店子にこれを示した。すると意外や意外、すんなり受け入れてもらえ、1210日に契約は成立し、僕らは129日までに引っ越しを完了し、店子は10日に僕らが4年住んだ家に移り住んだ。ここだけの話、僕の契約書はどうみてもいい加減にしか思えないが、店子も契約書なんて読んじゃいないのだ。ネイティブがどうのこうのではなく、どの国でも普通の人は契約書なんて斜め読み程度なんだろうと思う。

それ以降も、引っ越ししたことで新居関係のことでバタバタし、仕事は無茶苦茶忙しいままあっという間に年が明け、そしてあっという間に今日(1月24日)になった。そして体調を壊し、寝ればいいのに今これを書いている次第。


ところで今冬、南カリフォルニアは異常気象ともいえるほど雨が降り、そして寒い。僕にとっては渡米以来5度目の冬シーズンだけど、いくら雨期とは言えこんなに天気の悪い南カリフォルニアは初めてで、既に20年こっちに住んでいる会社の同僚も「こんな冬は初めてだ」と言っているほどに悪天続きだ。

でも、そのおかげで長年続いてきた干ばつ状況がかなり緩和されたらしい。これは基本いいことだ。そして僕はと言えば、雨降りの休みの日に結構自宅で仕事をした。普通に土日に遊んでいたら仕事が間に合わないってときもかなりあったから、実はその意味でも悪天はそう悪いことでもなかった。

ではまた次回に。その時は、少しは写真も載せたりとか楽しいものにします。

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