アメリカという甘美な幻想

南カリフォルニアはオレンジ郡に住むオヤジです。妻共々サラリーマンでしたが、2011年にグリーンカードが当たり、アメリカへの憧れに抗しきれずに2012年10月に移住してきました。個人輸入代行やコンサルタントを生業にした後、2016年からは会社員(人事、法務など)に。移住する遥か前から積み重ねてきた様々な「アメリカ体験」も含めて文章に残すためにこのブログを書いていますが、会社員復帰以降は忙しすぎて更新は稀に。。。面目ない。

日常の一コマ

Ridgecrest(リッジクレスト)の地震

昨日の独立記念日にロサンゼルスの北東250㎞くらいに位置するリッジクレスト近くを震源としてマグニチュード6.4の地震が起きた。300㎞離れた僕の家も揺れた。震度は2くらいだったと思う。

そして今日、しかも1時間ほど前に、マグニチュード6.9(7.1と書いているところもある)の地震が起きた。震度的には3から4くらいではないかと思う。

震源に近いリッジクレストでは家が倒壊しているが、さすがにロサンゼルスや当地ではそういうことはない。

アメリカの地震に関するニュースが最悪なのは、マグニチュードしか言わないことである。どうやら「震度」という概念がないようなのだ。いくらマグニチュードがでかくてもそれが大きな揺れをもたらすかは深さなどの要因などもあるわけで、きっちり震度を言わなきゃしょうがないだろうって。

そういうわけで、あなたの家族や知人がカリフォルニアにいるとしても、単にマグニチュードだけで心配したり楽観したりしないようにおねがいしたい。

その一方、家が倒壊したとかそういうニュースがあったら、これは大きく揺れたのだろうということで連絡をしてみてほしい。

では取り急ぎ。

サースデイ、インマイホーム、I think it is the 4th of July

ロックポップ系のバンドであるChicagoの名曲は「Saturday in the Park」。
この曲では7月4日は土曜日がだったが、今年の7月4日は木曜である。
そして僕は明日の金曜は有休をもらうので、今日から4連休となる。

いま、僕の家がある街、Aliso Viejoだけでなく
Laguna NiguelとLaguna Hillsの花火の音がけたたましい。

この地の人々は、この建国の日を祝うため、それぞれがそれぞれの創意工夫を凝らし
今日という日を過ごしている。

僕はといえば、この4連休で遠出をする計画だったがとん挫し、
というかその気が失せ、今日は家に入ってくる蟻の根絶のための作業をし、
うまいイタリアンレストランで食事をし、
今は家でその花火の音を聞きながらバーボンを飲んでほろ酔い状態だ。

僕は幸せを追求し、幸せであると感じるための思考上の訓練をし
結果として今、確かに幸せだと痛感している。
そう。僕は世にいう「リア充」なのだろう。

幸せを幸せと素直に感じられるようになった自分は幸いだ。
花火の音を聞きながら急にそう思ったので、
突然だがほろ酔いの中でこの文章を書いた。
他意はない。
あなたも、そして誰もが幸せになるべきだ、とは思う。

東南部の話はまた次回に。

カリフォルニアの凶暴な花粉症アレルゲン

南カリフォルニアは11月から2月、3月くらいまで雨季だと言われていますが、僕が日本から越してきた2012年秋から2016年秋まで、本当にやばいほどの雨不足だったんです。2013年夏ごろから、芝生に水をやることを制限する条例を出す自治体も多数に上り始め、そもそも芝生から(水があまり要らない)他の植物に植え替える自治体さえあったのです。下の水不足マップを見れば、その深刻さがわかるでしょう。

2015日照りマップ画像

OCは南西部(海側)にあります。酷い日照り地域に入っています


ところが2016年の12月に様相が一変しました。時に洪水を起こすような豪雨も数回含め、とんでもない雨量をもたらした雨季らしい天候が翌年の3月初旬くらいまで続いたのです。そ
の結果、雨季終了後の春はどんな春になったかといえば、草花が咲き乱れる美しい春になりました。そんな春を体験するのは渡米後初めてのことでした。


2017年から2018年の雨季はまたしょぼい雨季になりましたが、20182019のシーズンは、これまでの最高(最悪)と言えるほどの雨季になり、またもや大量の草花が咲き乱れ、しかもなかなか枯れない春となりました。というか、今でもそういう状態なんです。


春先、ローカルニュースは何度もこの大雨が生み出した現象を取り上げていました。例えば、カリフォルニアの南東部側にあるレイクエリシノア(Lake Elisinore)という町を囲む山の斜面に大量のケシが咲き乱れ、これを見物する人のおかげで渋滞が起きたというニュース。

僕は何度もこのレイクエリシノアという町に行っていますが、春先にケシが咲いている風景など記憶にありませんでした。そしてそのニュースを聞いて慌てて訪問してみましたが、確かに山肌が一面ケシで覆われていました。

USA-Today_LAKE-E-POPPY
USA Todayの記事より

この大雨で2012年以降初めてカリフォルニアの全域で水不足が解消されたという喜ばしいニュースもあれば、花粉が例年になく大量に舞うことになり、人々がアレルギー症状に苦しんでいるというニュースもありました。


その最大の犠牲者が僕であることは間違いない。

そう確信したのはアメリカ東南部の旅行を終えた直後の54日でした。

 ***


禁煙関連のエントリー中に書いたように、今年になってから僕の健康状態は最悪でした。咳、鼻の奥の不快感、微熱、寒気(さむけ)、筋肉痛のような風邪様の症状が1週間単位でぶり返し続け、加えて経年劣化した歯(クラウンやインレー)の放置とストレスを原因とした顎関節症が2月中旬に発症(1か月継続)。4月上旬には38.6度の熱が出た本物の風邪で3日間寝込みました。


この大風邪を引いたとき、僕は上述したアメリカ東南部の旅行に427日から54日まで妻と共に行ってくることを計画しており、実際飛行機の予約を終えたばかりでした。これはまずいと思い、健康を取り戻すことに注力しようとしました。


顎関節症は歯の治療で治り、「本物の風邪」も1週間ほどで治ったと自覚できましたが、旅行に出かける426日を迎えても、風邪様の症状は残っていました。ところが何とか体調を70%くらいまで上げて東海岸に旅行に行ってみると、それ以降カリフォルニアに戻るまでの間風邪様の症状は一切出ませんでした。


54日夜、アトランタから自宅に戻ってきた僕は、鼻の奥に変な感じを覚え、同時に咳が出始めたことに気づきました。東南部ではおさまっていた症状がOCで復活したことに気づいた瞬間でした。


 ***


僕は日本にいたころから、低気圧と寒暖差により風邪のような症状を主訴として体調を壊していた自覚がありました。アメリカに来てから数年の間も、体調不良は多くの場合低気圧と寒暖の差の影響だということが自覚できていました。しかし、2016年にサラリーマンになって以降、その不調ぶりは一段次元が変わりました。重く、長く、容易にぶり返すのです。

 

僕は長い間、「自分の理想に反してサラリーマンになったこと」や「自分のネガティブな思考がサラリーマン環境下で助長されてきたこと」により「自律神経系などが不調になっていること」が原因だと考えてきました。なので、昨年末に人生初めて「くしゃみ10連発」をしたときは、僕の健康レベルが低値安定しているところに寒さ(寒暖の差)や天気の悪さが重なったためこんなアレルギー症状が出たんだろうと考えました。

ですが、年が明けてから典型的な風邪のような症状が4か月も断続的に続き、しかも症状はさらに増悪しました。継続期間が普通じゃない。しかも増悪している。なんでだ。

自問した結果、ちょっと信じられない業務上の事案(事件)が1月から毎月連続して起きており、その間過去最高の繁忙レベルだったのでさらに基礎体力や抵抗力が落ちたのだろう、と思っていました。

が、東海岸に旅行に行っている最中はそれらの症状がぴたりとおさまっていたのでした。
こうした事実から、私の不調は場所に起因し、かつそれは2016年以前には僕の身の回りになかったもの、即ち特定の花の花粉のせいだとほぼ断言できるのです。

 ***

その花粉をまき散らしている花は、この春大量に咲いていつまでも枯れない花。その名をブラックマスタードと言います。この花の名前をなんとか特定し色々調べてみたところ、情報が少ない花ではあったのですがアレルギーを引き起こす
「狂暴度」が高いことはしっかり確認できました。


2017年春。この花が咲き乱れるところを写真に撮って、このブログに載せていました。この花の名前を知らなかった僕は、「アメリカ版の菜の花」と勝手に命名していました。美しい風景だと思いながら。


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2017年の春の様子

今年は2月下旬ころ咲きだし、3月下旬にピークを迎えましたが、それ以降もまだまだ咲いていることに感心していたのです。ある集団が枯れても違う集団が咲き出すことを喜んでいたのです。ずっと美しい光景を作ってくれるこの黄色い花を愛でていたのです。


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今年3月のブラックマスタード。この時点で隆盛を誇りつついまだ栄えているという。

それが、私の健康を著しく損ねる花粉を長期間まき散らしていたとは。いや未だに、6月中旬を迎えるのにまだまき散らしているとは(ゾンビか!)。実は外来種だったブラックマスタード。カリフォルニアのネイティブの花を存続危機に陥れるほど爆発的に咲いています。そうしたことを知ってから、この花の憎らしさは筆舌に尽くしがたいです。

カリフォルニアは基本的に乾燥した砂漠地帯ですが、花粉症に悩む人は非常に多いのです。住む予定の方、事前に対策を。

Occasional Smoker(非常習的喫煙者)からNon-smokerへ

まだタバコの話し続けるの?とお嘆きのあなた。これで終わりです。

 

前回は禁煙のことを偉そうに書きましたが、僕は手術から1年経過して以降は「Occasional Smoker(非常習的喫煙者)」だったんです。

 

ある日、友人にもらってタバコを吸ったんです。もう「痰が絡むこと」も怖くなかったから。喫煙をやめたいと思っていたわけではなかったのに脅されて(?)止めることになったのが少し癪だったから。でもまあ、家に帰ってまで吸えないし、吸いたいわけでもないのでそれで終了しました。

 

その後、渋谷かどこかで友達を待っていた時、暇をつぶそうとして自分で買って吸ってみました。普通に「うまい」と思いました。でもやっぱり家で吸えないし休日は妻と一緒で吸えないし、そもそも常習したいモチベーションもないからそれっきり。

 

ただし残ったタバコもライターも、またいつか吸えるタイミングで吸おうと考えたので捨てませんでした。そしたら、普通にタバコがなくなったら買うようになり、そんな感じで僕は俗にいう「Occasional Smoker(時折タバコを吸う人)」になったんです。

occasional smoking
 Occasional Smokerでヒットした画像。アメリカにはOSがかなり多いと思う。

この定義は「旅に行くと吸う(ラスベガスなんかに行くとそういう人が山ほどいます)、週末だけ吸う、逆に平日だけ45本程度吸う」といった喫煙者です。僕の場合、友人と週末に飲みに行ったりすると吸う感じでした。「普段酒は飲まないけど、飲み会に参加した時くらいは飲む」っていう人と一緒です。

 

201210月の渡米後数年はアメリカの地では一切タバコは吸わず、たまに日本に帰っているときに吸うくらいでしたが、2016年にサラリーマンになってからはアメリカでも吸い始めました。日本の時とは逆で、週末ではなく平日に、一日4本吸う感じです。ちなみに、僕の吸っていたタバコは1箱税込みで6.73ドルでした。今の相場で約750円ですね。1本あたり37.5円、14本で約150円、言うまでもなく1週間で750円、月額で約3000円を使っていました。

 

きっかけは、ストレスを感じている状態から脱する方法として、休憩時にタバコを吸うのは効果的なんじゃないか、と思ったことでした。頭を切り替えたりするためにコーヒーブレイクを取ることがありますよね。それよりもタバコのほうがいいんじゃないかと思ったんです。僕にとって「サラリーマンとして生きること」は本当に折り合いをつけるのが難しいことだったので、この一時逃避の時間を充実させることは本当に重要だったんです。

 

じゃあもう常習状態じゃないかって?いいえ、僕がタバコに求めていたのは「ニコチンがもたらす快感」ではなく、現実逃避できる効果的な「シチュエーション」です。これがOccasional Smokerたる所以なわけです。自宅にいたり週末の休みのときは「タバコを吸うシチュエーション」じゃないから吸わないんです。

 

だったらタバコじゃなくてもいいんじゃない?と言う方。それはそうなんですが、「紫煙をくゆらす」という方法によって「3分だけ頭を空にする」ことは僕には可能でしたが、ガムやキャンディーやコーヒーでは切り替えがうまくいかなかったんです。だからタバコを吸ってみたし、それがうまくいったのでタバコを手段にした。そういうことなんです。

 

いいえ、常習してませんてばw 自分から喫煙や禁煙の話題を持ち出した挙句嘘ついても意味ないでしょ。これまでだってずっと「吸った」「吸っていた」という風に過去形で書いてきたでしょ?実際僕はもうOccasional Smokerですらないんですから。

 

僕が脳の初期化のために平日一日4本のタバコを吸っていたのは425日までのことです。それ以降1本も口にしてはいませんよ。何故って、僕にとって大事だったはずの「現実逃避できるシチュエーション」が、僕の中ではもう無用なものになったからです。「14本でもやっぱ健康に悪いじゃん」というデメリットへの自覚が、「休憩中にタバコを吸って頭を空っぽにするメリット」に勝ったからです。

 

きっかけは今年の年初から4月までの自分の健康状態が普通じゃなかったからです。風邪のような症状が12週間おきにぶり返し続けた上、4月中旬に本物の風邪を引き、38.6度まで熱が出ました。こんな高熱、23歳のインフルの時以来でした。喫煙との因果関係はゼロですが、この間顎関節症になったりもしました。

 

426日から有休をとって妻と旅行をしようとしていた僕は、そうした大事な楽しみが自ら招いた不健康さによって奪われることのバカバカしさを自分事としてとらえ、「タバコ(シチュエーション)のメリットなんか要らない」と心底思いました。

 

自分が最高の価値を置く楽しみと仕事中の現実逃避のためのタバコ。優先する方がどっちなのかは自明でした。そこで、425日をもってタバコを吸うのを止めたのです。なお、Occasional Smokerですから禁断症状はありません。もしあったら、それはその定義からずれています。

 

というわけで、前回のエントリーと同じようなことを言いますが、タバコは止められます。そのデメリットが自覚できたならいつでも。たかが2週間の禁断症状の辛さなんて、その後の人生を健康に送れる可能性を引きあげられることのメリットを考えたら屁でもないはずです。

 

なのに、理屈ではわかっていても禁煙できないということは、離脱症状に容易に負けるだけの自覚しかないってことです。肺癌の画像を何回見せられたところで他人事のうちは他人事です。「あなたの自覚」はあなた自身が形成するしかないのです。

 

そうそう、結果的に僕の風邪のような症状は恐らく花粉症だとわかりました。東南部への旅行に行っている間、「いつもの不快症状」が全く出なかったのに、カリフォルニアに戻ったらすぐに復活したことで確信したんです。東南部には存在しなかったけれど、今年カリフォルニアで大量に、かつ長期に咲いている花が存在します。次回はそいつの正体を晒しましょう(まだアメリカ東南部の話に行かないという…)。

喫煙のデメリットが「自分事」になったなら

12年ほど前に大きな手術を受けたのですが、その2週間ほど前に禁煙したんですよ。それまでに1回あたり18時間くらいの禁煙には100回くらい成功していたベテラン禁煙者だったんですが、24時間以上は経験がなかったんです。

 

だけどある日、「術後に痰が絡んだとき、それを出すことは術後の痛みから大変困難です。うまく出せない場合は呼吸できずに最悪死にます。今からタバコを止めておかないと痰が絡んで死ぬ可能性が高まりますよ」って主治医に言われたんです。

 

「手術には成功したものの、医師の指示を聞かずに喫煙を続けた結果、痰がからんで死んだ」というバカバカしい結末を迎える可能性が急に具体的になり、手術の2週間前に喫煙のメリットより禁煙のメリットの方があることをはっきり自覚しました。

 

こうして禁煙が始まりましたが、ガキの頃から手を出した末、20代からはずっとコンスタントに12025本を吸ってきたバリバリのニコチン中毒者の僕ですから離脱症状もひどかったですね。視界に靄(もや)がかかるんですよ。しきりにあくびが出てとにかく眠い。そしてタバコのことしか考えられない。

 

でも、そんな状態が10日くらい続いたあと結構平気になってきて、そのまま手術になだれ込んで1週間入院して出てきたら、もうニコチンの奴隷ではなくなっていました。

 

そうです。禁煙の方法はいくらでもありますけど、本当に禁煙しようと思えば器具や薬に頼らなくても辞められますよ。「本当に禁煙しようとしている」のに吸ってしまうのは、それは結局「本気じゃない」ってことですが、逆に「真に本気になる」ということは、喫煙のデメリットが自分事として強く認識できたとうことなんですよね。

 

元バリバリの常習喫煙者ですからニコチンの魔力は知っています。簡単に止められた少数のエリートたちを禍々しく思うほどでした。僕などは「この最後の1本を吸ったら終わりだ。キリがいいし」とか言ってその「最後の1本」を吸うものの、すぐに我慢できなくて「これが最後の一箱だ」ってまた買ってしまうんです。

 

「あと1本で止める!」っていう誓いがいとも簡単に「20本吸ってから止める」いう誓いに後退しています。そして19本吸った時点でまた「この一本で最後だ」のシーンに戻るわけですが、この物語は結局延々と繰り返され、終わりを迎えられないわけです。

 

場合によっては、あるタイミングから「別に違法じゃねーし」とか「別に自分の稼ぎで買って吸ってるんだし」とか「俺が健康を害したからって誰にも迷惑かけてねーし」とか、まあタバコを吸ってしまう自分を正当化する100万の言い訳で自分の意志の弱さを糊塗します。別に誰からも責められていないのに誰に何を言い訳してるのやらw。

 

まあ、言い訳の中でも論理的に完璧なものは「タバコを吸っていたからって癌(などの疾患)になるとは限らないし、非喫煙者でも癌になることはある」ってやつですね。実際その通りですから。でも、だったら言い訳しないで吸えばいいだけなんですよね。禁煙しようとして失敗した人がこれを言うのはちょっとみっともないかもしれません。

 

まあ、離脱症状の不快さから逃げること(つまりタバコを吸ってしまうわけですが)の難しさは想像を絶するってことなんですよ。たとえば「慢性閉塞性肺疾患のために鼻に管を入れて酸素を補いながらトボトボ歩いている自分を想像してみてください」などと言われたところで、殆どの喫煙者はタバコを止められません。そうなってから初めて「止めておけばよかった」と悔いるんです。離脱症状ってそれほど凄いんですよ。

慢性疾患

 Yahoo Newsからとった画像です

離脱症状に負けてタバコを吸うことで失うもの。それがシャレにならないほど大きいことを心から自覚して本気になった人だけが禁煙できます。あなたが愛する全ての人、モノ、趣味などをあえて早期に失うような行為が喫煙です。心からそう思い、愛する者との別れなどを想像して震え上がれたなら、その時あなたの禁煙はきっと成功するはずです。

カリフォルニアの喫煙者

なんだよ。アメリカ東南部の話じゃないのかよ、とお怒りの諸兄。まあ、どんな話から先にするかくらい、自由でいいじゃないですか。

 

さて。アメリカに住みたい方、タバコ吸います? アメリカに来ても、吸います? だとすると、経済的にいって、カリフォルニアは最悪の場所ですね。吸うところはあるんですよ。商業地域にもオフィス街にも必ず指定場所がありますから。

でもね、高いんですよ。どんなに安いタバコでも、かつ最も安く売っている販売店でも、1箱$6.50700円強)からスタートですね。毎日1箱吸う人、タバコ代だけで毎月21000円払うの、痛いですよ。

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 マルボロが850円。買います?

喫煙するなら東南部がおススメです。安いです。昨年はフロリダで、今年はサウスカロライナとかバージニアとかで確認したことですが、カリフォルニアで700円のものが300円から売っていましたから。しかも、路上で吸うのもOKのようだし(多くが歩きながら吸っていました)、車の中でもガンガン吸ってるし(禁煙レンタカーでさえものによってはタバコ臭がします)。

 

とはいえ、日本人が住むなら圧倒的に西海岸(か東海岸北部、つまりはニューヨーク)ですよね。そもそも他の地域では仕事を見つけるのが大変ですから。

 

でも、カリフォルニアの家賃の高さは知ってますよね。僕が渡米前に買った家は日本で言うところの60平米の1LDKで、これを2016年暮れから賃貸に出しているんですが、今の家賃は1680ドル(約185000円)ですよ。これでも地域で一番安く貸しているくらいなんですよ。

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 2012年8月、1ドル80円の時に16万ドル(1400万円)で買った家

サンフランシスコなんかとんでもないですよ。最新のニュースでは、「2 Beds 2 Baths(※)」の賃貸料の常識的な額が34万円くらいになっているそうです。

 

  ※日本の2LDKに近いが、正確には「リビングダイニングキッチン、
   2つのベッドルーム、そして2つのトイレ&バスがある家」という意味

 

そんな「2-2の間取り」を借りることが多いのが4人家族ですが、サンフランシスコで4人家族が普通に暮らすには、世帯年収1千万円ではもう無理だそうです。例えば、旦那さん600万円、奥さん400万円の年収では普通に生きていけというのです。この生活コストの高さはニューヨークを上回り全米一だそうで、もう狂気の沙汰です。

 

ということで、カリフォルニアで喫煙者をやるのは結構ハードですよ。え?俄かに禁煙したくなった?では次回くらいに禁煙方法とかを書いてみます。私も筋金入りの喫煙者だったので。アメリカ東南部の話はまた追って。

これからしばらく、記事を山ほどアップしていきます

どうも。お久しぶりです。

今日から急に多作になることを予告します。書き溜めていたものを徐々に放出していくことにしたからです。何故書き溜めていたかと言えば、それは忙しい中で何かを書きかけてはそれを放置するということを繰り返していたからです。

 

何故今これを放出するかと言えば、山ほど溜まった書きかけの断片を仕上げる時間が出来、かつ仕上げる意欲が続いたからに他なりません。いくら忙しくても、その気になればブログ記事の一本や二本、いや、五本や六本書けないわけがありません(実際は十数本…)。

 

この「これから山ほどアップする記事」において、取り上げたテーマは様々ありましたが、今日はその一つに軽く触れておきたいと思います。

 

実は、427日から54日までアメリカ南東部の旅に妻と行ってきました。目的はまだ訪問したことのない州に行き、有名な観光スポットを観、個人的に関心がある地域や道路を走るといういつもの軽いものでした。

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ワシントンD.C. リンカーン記念堂

 

ところが、ジョージア、サウスカロライナ、ノースカロライナ、バージニア、メリーランド、デラウェア、ペンシルベニア、ウェストバージニアの8州とワシントンD.C.を巡ったこの旅は、当初思ってもいなかった旅になりました。

 

この旅で、アメリカ東南部という地域の特性やその歴史に関して、今までにない洞察を迫られたのです。そのきっかけは道中幾度となく見かけた(バプテスト)教会でした。「なんでこんなに(バプテスト)教会が多いの?」という疑問への答えは、僕が持っていたアメリカ東南部に関する浅い知識の中には存在していませんでした。そして、本当に異常といえるほど教会が多かったので、「すぐにこの疑問を解決したい!」と思わないではいられませんでした。

 

こんな思いから、僕は清教徒革命のころのアメリカから調べ直すこととし、結果的にこの地域の内情も少し深く知ることになったのです。だから僕は、この旅に関して二つのテーマでブログ記事を書くつもりです(実際にはもう書き終わっていますが)。一つはお気楽な旅行記で、もう一つは東南部の歴史や特性への考察です。

 

かつての僕ならば、たとえばウェストバージニアに行ったことに関連付けてジョン・デンバーの歌った「カントリーロード」を引き合いに出したでしょう。いや、今回もそれはします。するけれども、もう「いい歌だ。いい歌詞だ」というお気楽な感想だけで済ますことは出来ないのです。


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 山深いウェストバージニア。本当に「殆ど天国」といえる場所なのか…。

それは、ジョンが「Almost heaven(もう天国のようだ)」と歌ったウェストバージニアが、そしてアパラチア山脈一帯の州が、決して天国ではないことを知ったからです。現代ではやや信じられない事実や、または存在すべきと思えない事実がそこにはあったからです。「聞いてはいたけれど、まさかここまでとは…」という驚き。あれです。

 

勿論僕はそんな「偏見」を持って旅に行ったのではありません。むしろ無邪気に、ストレス発散だけを目的にしていたのです。でも、カリフォルニアの「暗部」がパームツリーと太陽のイメージで糊塗されるように、日本が「おもてなしの国」の顔を表に持ちながら、そこには世界的にも特異な同調圧力と排他性があるように、アパラチア諸州にも牧歌的なイメージとは裏腹な、浅い知識では伺い知ることが出来なかったネガティブな側面もあったのです。

 

そういった深そうな話も阿保っぽい話も含め、これから猛然と記事を載せていきます。

イチローありがとう

どうも。大変お久しぶりです。僕はまあ元気です。
書かなかったのは「クソ」忙しかった/今も忙しいからです。
いや本当「ふざけんな」、レベルで忙しいのです。加えて歯の状態も最悪だし。
でもまあ、仕事が集まるということは僕が信頼されているのでしょう。
今は受け止めておきます。

さて、イチローが引退しました。時代が終わった感があります。
この感覚はジョンレノンの死を知った高1の冬の時以来です。

イチローがマリナーズに移籍したのは2001年。
僕は1998年の年末、34歳6か月で音楽を廃業。
1999年~2001年はサラリーマン(=正社員)に戻るための自己投資の期間で、
イチローの活躍をまるで自分が活躍しているかのように感じながら修行していました。
僕が2012年秋に渡米したときも、彼がマリナーズからヤンキースに移籍するなどの
タイミングだったので、「一緒に頑張ってきた」感を僕は勝手に持っていました。

イチローが辞める日が来ないわけはないのですが、
実際に来られるときついです。

イチロー、ありがとう。
あなたは物凄く繊細なごく普通の「人間らしい人間」で、自分にプライドをもつからこそ
そこに発生する責任の重さに恐怖し、しかしその重圧に負けたくないと努力して
何とか打ち勝ってきた人だと思います。

あなたのようになりたいと僕は思ってきました。
ですがあなたが引退し、重圧に負けたくないという心の張りが少し緩んでいます。
でも、モチベーションなんて自分で保つものですよね。

外部要因のせいにしないで、僕も戦います。

改めて、イチロー、ありがとう。
僕はあなたより年上ですが、あなたは僕の青春そのものでした。

Yelpより駐在員の妻

明けましておめでとうございます。うん、遅いですね。

 

年末年始には16連休を取らせてもらい、そのうちの14日を里帰りに費やしたが、90歳の(妻の)父が直前に転んで足を骨折し、正月明けに手術。一緒に帰った妻も含め、この帰省はてんやわんやで終わった。ただ、父は2月になって退院し、今は自宅におり、入院中のリハビリもうまくいったようで状態はまあいいようだ。

 

で、もう2月も中旬に突入した。なんてこった。長期に休んだ分忙しさ倍増。あっという間に混乱と疲弊の1月は終わってしまった。でももうこの場で忙しさを嘆くのは極力控えよう。僕が今の状況を甘受する限り、忙しくないってことはあり得ないから。

 

で、今日は何を書くかというと、反動で軽い話を書く。

 

 ***

 

昨年夏ごろだったか、「駐在員の妻たち」が書くブログを読む機会があった。僕はグリーンカードが当たる20117月まではアメリカ旅行を楽しんでいる人のブログをよく読み、それ以降はアメリカで暮らす人のブログをよく読んで来たが、駐在員の妻のブログだけは全く読んだことがなかった。駐在員とは会社から一定期間アメリカに駐在を命じられ、その後必ず帰国することが予定されている方々であるので、永住を目的とする僕にとってその奥方たちのブログはずっと関心の外だったからだ。

 

では何故駐在員の妻たちのブログを読むようになったかというと、それはこの人たちの多くがやたらと食い歩きをし、その食レポを事細かにブログに書いてくれていることに気付いたからだ。僕は食が細く、しかも食えるジャンルも狭い。しかもしかも牛肉は好きだがタンはとてもじゃないが食えず、焼き鳥は好きだがハツだのミノだのはとても食えないというピッキーさだ。なので、新規開拓してがっかりするくらいなら、行きなれた店に毎回通っていつも食べているものを食べるほうを選ぶタイプなのだが、これだと妻が不満を溜めてしまう。

 

そこでYelpのようなお店紹介サイトを頼るのだが、何しろアメリカ人の方々と日本人の僕の基準は異なるので、結構「騙された!」と思える経験をしてきたわけだ。で、「確実に旨い店はないのか?」とネットで色々調べていた時に出くわしたのが「駐在員の妻」のブログだった。この方々、やたら食っている。信じられないほど色んなところで食っている。そして、さすが同胞。そこで紹介されていたある店(四川料理の店だったと思う)に行ってみたら、紹介通りに美味しかった。やはり彼女たちの食レポは信頼が出来る!というわけで、旨い店を見つけ出す確実性を上げるために「駐在員の妻のブログ」を頼るようになった次第。

 

僕はある店を殊更に宣伝する気はないし、店名は妻が記憶する役目を負っているので今まで行った店の名前なんかはほぼまるで思い出せないのだが、いずれにせよ僕がここで店名を書かないことは何の問題もないのである。そう。「駐在員の妻たち」がきっちり教えてくれるから。


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写真は昨年12月初旬に行った、コスタメサだったかどっかにあるスペイン料理の「何とか」という店の「何とか」という名前の料理である(うむ、食レポーターにも食ブロガーにも絶対なれないな、僕は)。スパニッシュなどまず食わない僕が妻に無理に連れていかれたのだったが、結果は非常にうまかった(皮肉なことに、ここはYelpで決めたんだけどね…)。

日本に住む皆さんに言っておくが、アメリカ(というかカリフォルニアというかオレンジカウンティー)は、本当に食のレベルが上がっている。こと和食以外に限って言うと、東京よりうまい店が多いとさえ感じることもある。しかもまだ発展途上のその和食でさえ、数は少ないが東京の普通にうまい店レベル以上の味を出せるところも出てきた(ま、前も言ったけど味覚は人それぞれだからこれはあくまで僕個人の感想ね)。

ただし、食の細い僕ら夫婦(二人合わせても体重100Kgさえない…)でさえ、そういう旨い店で腹いっぱい食べるとチップ込みで一人5千円から7千円くらいになる。だから旨いレストランはやっぱり安くはない。でも贅沢している気はないのです。だって僕らの平日の食費は、それどころか平日一日に使う飲食関係のお金は、おそらく二人合わせても一日1000円にもなっていないから。我家は「おとうさんのお小遣い、1日500円」という家です。

あと、アメリカは食べ残しを持って帰れる習慣があるのもいい。これは絶対日本も真似すべきと思うが、食べ残しを入れた袋を持って電車に乗るのはやっぱり少し躊躇しちゃうか。。。


ではまた。

年末に思う

アメリカは23~25日が「土日クリスマス」の3連休である。金曜時点で会社があるビルの駐車場はスカスカで、この時点で多くの人がもう年末休暇モードに入っていることがわかった。あ、珍しいでしょ?十日を置かずに僕がブログを更新するなんて(笑)。

 

実は今日は朝5時に起きて東京に行く妻をLAXまで送っていった。LAXに行くのに使ったインターステート405号線はクリスマスイブの早朝ということで流石に空いていたし、LAXで妻を降ろすときも空港(トムブラッドレー)の利用航空会社の入り口前に簡単に車を停められたけれど、それから少し時間が経てばLA脱出組と観光組でLAXはごった返し、405も混むんだろうと思う。

 

さて、かく言う僕も、実は明日東京に向かう。夫婦で(妻の)両親に顔見せするのは久方ぶりで、この帰国の目的の99%は「高齢の両親に対する親不孝状態の一時的解除」にある。で、このブログは日本の友人知人、兄弟姉妹、親戚縁者が読んでいる可能性があるので申し上げておくが、正月の家族団欒と東京の自宅の修繕やら何やら高齢の親が普段出来ないことをしてあげることが本帰省の目的であるため、皆さんにお会いできる時間を確保することは事実上できない。そのため、事前にこの帰省をお知らせすることはあえてしなかった、ということをご理解頂ければ幸いだ。

 

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2017年が間もなく終わる。サラリーマンに戻って丸2年。「忙しい忙しい」とほぼ毎日言っていた2年間だった。そしてこの1年は、自己決定権に基づき自らを自らが御する人生を求めてアメリカに来たのに、結局サラリーマンに戻った自分の人生に大いなる疑問を持った年だった。そして疑問を持ったまま人生を終えないために、自己決定権に基づく人生の再構築を誓った1年だった。

 

愛してやまないOCに住めているこの状況を捨てる気は全くなく、今後とも「サラリーマン脱出計画」はこの地で、かつ生活の糧を維持するためにサラリーマンを継続する中で遂行されていくことになる。その際、唯一最大の敵は自分自身だ。とにかく忙しさと経済的安定を失うことへの恐れ(による現状への妥協)という自分の中に住む2大抵抗勢力に勝てるかどうか。それがこの計画を徐々にでも着実に進めるための鍵だ。計画を進める意思と実行、それなくば、僕はずっとサラリーマンでいるしかない。しかしサラリーマンとしてずっとOCに住んでいられていても、やはりそれは100%の本意ではない。いつやるの?今でしょ。流石にもう古いか。。。

 

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おっと、生活手段がサラリーマンであることに何ら問題ない人にも申し上げたい。それはそれで全く構わないし、実際そういう人がこっちでも圧倒的多数派だ。起業して生計を立てている人なんて少数派だし、それで経済的に安定している人は更に少なくなる。僕はまさにその少数派として3年暮らし、多数派として2年をこの地で過ごしたけれど、あなたがアメリカでの生活と自己決定権とを強く結びつけている僕のような人間でなければ、是非サラリーマンとして生きるための計画を練り、実行してください。今アメリカは、ことにカリフォルニアは本当に好景気。日系企業も含め、雇用環境は良好。そして前回のエントリーで、そしてこのブログで何度となく書いたように素晴らしい住環境がここにはある。僕が愛してやまない荒涼たる砂漠を貫く一本道も。


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A desert road from Veags to nowhere (2017年4月8日)

だから、アメリカで暮らすことに興味があってこのブログを読んだあなた。その思いが本気かどうか自問自答し、本気だと結論が出ているなら、是非実行を。人生は一度。失敗込みで人生。そう思える人は実行を。「やらなかった人生」を後から悔やむより、やって失敗した方が恐らくマシと思え、かつ「やって失敗」という結果が出た時に、その事実を自ら引き受ける覚悟があるなら実行を。宝くじは買わなきゃ絶対損しないけれど、当たることも絶対ない。それを踏まえ、当たるために少々の損を覚悟できるのなら実行を。


来年はどんな1年になるかな。いや、どんな1年になるかは、僕次第か。 

それでは皆さん、良いお年を。

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