サンタフェには15:00くらいについた。当時アメリカに住むなんてことは本気で考えることではなかったが、「どこなら住んでやってもいいか」みたいな高飛車な言い方で半ば冗談で考えることならもう何年もやっていた。そんな僕にとって、Santa Feは住んでみたいと思わせてくれる街だった。

空が美しかった。建物の色に気を配って統一感があった。ネイティブアメリカンの文化が残り、スパニッシュが残したキリスト教文化との融合が美しかった。それがサンタフェに抱いた印象だった。

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聖堂。背景の青とよくあう。

ターコイズのジュエリーを売る露天商がズラリ沿道に並んでいた。ここはこの種の装飾品のメッカだ。

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街並みの一こま

サンタフェという名前はあまりに有名で、観光地としては「下世話」になっているものと思っていたが、夕方までたった4時間ほど市内を見ただけの印象とはいえ、ここは再訪すべき町だと思えた。

翌日はユタ州のGreen Riverに行く。またロッキー越えだ。まあ東から西海岸に行くには基本避けて通れないし、砂漠の前に美しい山並みを走るのは楽しいのでいいのだが。

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Santa Fe -- 800km --> Green River (UT)

Taos(タオス)~Taos Pueblo(タオスプエブロ)は、世界遺産であるネイティブアメリカンの古代集落がある場所だ。この壁の土色がサンタフェの統一色になっていて、青空との相性が非常に良い。

Taosからしばらく行くとコロラド州だ。夏山の緑はやはり美しく、清涼な空気を楽しみながら走った。やがて2003年の旅行でも使ったUS-50に入り、実際そのときに宿泊もしたMontroseなどを経てI-70に出、17:00頃Green Riverに到達。

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ワイパー液がなくなって、ロッキー山中の公園でペットボトルで注ぎ足すなど工夫をした

グリーンリバーの町は閑散としていて、メインストリートにも人影がなかった。僕らはモーテルにチェックイン後、車をゆっくり進めてスーパーを探したのだがそれらしきものは何もないまま通りが終わりに近づいた。どこかで転回を切ろうかとした時、後ろからパトカーが。

「免許証見せて」
「はい。あのぉ、私何か悪いことしたんでしょうか?」
「うん?君は左側を走っていたんだよ」

僕も妻もスーパー探しに夢中になり、対向車がいないこともあって左車線を走っていた。二人とも走っている間は全然気付かなかった。彼はSUVに乗り、髭にグラサン、そしてデカかった。アメドラでおなじみの典型的な田舎の警官だった。

「あ、そうでしたか。すみません」
「何これ?日本から来たの?」
「はい」
「ふーん。なんか薬とかやってない?」
「めっそうもないです。日本は左側を走るので、ついつい気付かずに左を走ったようです」
「ふーん。おい、それは何だ?」

警官は、それまで見たことのない異様な黄色い物体がダッシュボード付近に置かれているのを発見した。さすがは警察官だ。見逃してはくれない。

「あ、こ、これは蜂蜜キンカンのど飴です。えっとキャンディーです」
「ああん、キャンディー…?」
「おい、その袋は何だ!?」

有能な警官の彼は、妻の足元に隠すように置かれた白いビニール袋が、モノが入っていて異様に膨らみ、くちが無造作に縛って閉じてあるのを見逃すことはなかった。 

「こ、これは、ご、ごみです」
「ごみ…だと?ちょっと見せてみろ!」

彼がくちを開けて中を覗き込む。

「クンクン。ウープス!本当にゴミじゃないか!」 

というわけでDUI(「ドライブ・アンダー・インフルエンス」の略で、麻薬やアルコールの影響下で運転することをいう)の嫌疑は晴れ、警告書にサインするだけで解放された。やれやれ。

ところであの警官は、この車の仮ナンバーがとっくに期限が切れていたのをどう思ったのだろうか。見逃したのか、気付かなかったのか。もしその件で今後警官に止められたら…と考えて少しブルった。なんでそんなナンバーの車に乗っているのか、日本語で説明することさえ出来ないのだから。